親4人の間で婚姻の話をまとめる →話を聞いた後に当事者2人が面会 →当事者達が婚姻に同意 →結婚式 | 当事者2人が相思相愛 →当事者達がそれぞれ相手の両親に相談 →親4人が婚姻を追認 →結婚式 |
ブレシスとルッカの場合、4980年に発生した反乱の余波で、親族の大半が4980年12月24日に処刑され、本人達もシルクス近郊の強制収容所へ移送されていました。そのため、両親の代わりとなる代理人が必要となりました。この時に代理人を引き受けたのは、2人が収容されていた強制収容所の所長、2人が収容されていた建物の捕虜側責任者(牢名主?)、そしてレイゴーステムで親族を失いここに強制連行された友人ライオット・スヴェンデル(4963.10.12−/現在はシルクスで菓子屋を経営)とマライア・ロードバート(4962.09.10−4986.03.12/収容所で病死)の4人でした。 |
幸か不幸か、ブレシスとルッカの場合は信仰する宗派が竜神タンカードに一致していたため、2回分の結婚式は一度に行われました。結婚式が行われたのは、強制収容所内に設置されていた同神殿の出張所。4983年12月20日に、シルクスから派遣されていたタンカードの司祭セバスティアン・ログローニョ(4950.10.27−/現在は大司教)の手によって厳かに執り行われました。 この時の式次第は以下の通り。
所要時間は46分。 ただ、結婚式終了後のお祭り騒ぎは存在せず、2人は元の建物に戻されて他人との共同生活を余儀なくされました。法的には「夫婦」になったとはいえ、所詮は虜囚の身なのですから……。無論、新婚早々の性生活に必要なプライバシーなどは存在しませんでした。 |
法的権利 | |
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(1)子供を産む権利 | 未婚のカップルが子供を産んだ場合、その子供は両親から強制的に引き離される。 子供は《ロスト・ペアレンツ》と呼ばれる孤児院に預けられ、後に既婚の家庭に養子として出される。 また、婚姻無しで子供を産んだ2人には結婚後の租税控除が無くなるペナルティーが課される。 |
(2)結婚に伴う税の控除 | 子供を産んだ場合には控除額が増大する。 |
(3)相続・贈与権 | これには遺産相続も含まれる。 配偶者が死亡していた場合を除き、独身のまま死亡した人物の財産は親/国のものと定められていた。 |
法的義務 | |
(1)子供の出産・死亡の届出 | これは当然であろう。 |
(2)重犯罪における連帯責任 | 量刑が死刑のみと定められている犯罪での死刑判決が確定したら、配偶者も自動的に死刑となる。 |
(3)納税単位の構成 | 夫は納税責任者となる。租税は家族単位で収めることになっていた。 不足分は年率2%の利子付きで翌年収めねばならなかった。 |
1親等以内の全員が 連座して死刑となる犯罪 | 内乱、最高機密漏洩、外患誘致、仮想敵国に対する重大な利敵行為 通貨偽造、御璽偽造、上水毒物等混入、人身売買、麻薬取引 |
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配偶者のみが 連座して死刑となる犯罪 | 不敬、内乱予備、内乱陰謀、内乱幇助、公文書偽造 御璽以外の公印偽造、強盗殺人、放火殺人、往来妨害致死(故意)、未成年者略取 |
レイゴーステムでブレシスとルッカが助かったのは、彼らの両親が犯した罪が内乱幇助に相当すると判断されたためです。 |
(1) | 一夫一妻制だったのが多夫多妻制に変更される。ただし、貴族の慣習では一夫多妻制が基本となっている。 この時、夫の側は全ての妻を平等に扱う旨を宣誓せねばならない(同様の規定はイスラム教諸国に存在する)。 |
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(2) | 結婚式当日は保有領地での祝日となる。 この時は、領主達が領民達に対し酒や食事をふるまうことが慣例となっている。 |
(3) | 法的義務(2)で述べた連帯責任制度が拡充される。 夫婦のみが処刑対象と規定された罪状に関しては、1親等以内の卑属(=子供)全員も処刑された。 |
(4) | 離婚問題は宰相、最高裁判所首席判事、内務大臣、宮内大臣(又は侍従長)の合議によって討議される。 最終的な裁断は皇帝が下していた。 |