ラプラス:というわけで、図書館長から解説を任されたので、早速説明を始めるぞ。
キャサリン:でも、どうして私達が? 私達の世界じゃ、「比例代表制」なんて制度、聞いたことないんだけど。 ラプラス:そういう野暮な突っ込みは無しだ。 マンフレート:それより前に、私達のことを知ってる人って、どれくらいいるんでしょう? ここのサイトに転がってる小説を読んだこと無い人には「誰この人?」ってことになると思いますけど……。 ラプラス:それも却下。投票日に間に合わせるために大急ぎで記事を書いているんだ。さっさと始めるぞ。 マンフレート:はいはい。分かりました。 キャサリン:とりあえず、今回の話は日本における参議院選挙の投票精度についてだったわね。 ラプラス:そうだ。正確には、今回から導入された「非拘束名簿方式」に基いた比例代表選挙のやり方の説明なんだがな。去年の国会で与党が信じられないほどのスピード審議で法案を通過させ、野党からの大ブーイングを浴びたという曰くつきの制度だ。 マンフレート:選挙する前から話題だらけですね(^^;)。 ラプラス:で、今回の参議院選挙が非拘束名簿方式による1回目の比例代表選挙となるわけだが、有権者の側も混乱することしきりだ。 キャサリン:そうね。この間ニュースで見たんだけど、鳥取か島根の街頭で、社民党の女性党首がおばさん相手に必死になってこの制度の説明をしてたそうね。国会議員の皆さんも御苦労様なことだわ。 マンフレート:で、教授。今までの比例代表選挙とは何が違うんですか? ラプラス:大きく分けると次の2点だ。まず第1に、今までの比例代表選挙にあった名簿順位が廃止されたこと。そして第2に、有権者は政党名だけではなく候補者名を書いて投票することも可能になったこと。こうすることによって、有権者の「この人間を国会に送りたい」という意思がよりストレートに反映されるようになったわけだ。 キャサリン:ふ〜ん、そうなの。でも、どうして新しく制度を変えてしまったの? ラプラス:まず、念の為「拘束名簿方式」について触れておくぞ。98年までの選挙では、有権者は政党名だけを書いて投票していた。そして、各政党が獲得した得票数を基に各政党の議席数が決定されるわけだ。この時、「誰を参議院議員にするか」は、選挙公示時までに決定しておき、名簿に載せて公表しておくわけだ。ただし、同時に「議席が割り振られた場合、どのような順番で国会議員を選出するのか」という情報も名簿に明記され、公開される。で、順位の高い人間から優先的に参議院議員になれる、というわけだ。 キャサリン:なるほどね。でも、これのどこがまずかったの? ラプラス:名簿順位を決める時に問題があったらしい。 マンフレート:そのように聞いていますね。とある党では、「自分の名前をより高い順位につけてもらおう」として、強引な党員勧誘を行った人間がいて問題になりましたし。その人の名前は忘れてしまいましたので書きませんが。 ラプラス:忘れてなくても書くのはまずいだろう(^^;)。 マンフレート:でも、話としてはそんなところでしたよね。 ラプラス:まあ、そういうことだ。あと、拘束名簿方式の場合、名簿順位の上位に各種業界団体の大物などが名前を連ねることが多く、それがまた問題になっていたようだ。組織的な選挙活動・集票活動も行われていたし、名簿順位と引き換えに選挙活動に協力するということも珍しくなかったようだ。 キャサリン:「結局は各種利益団体が得していた」ってこと? ラプラス:本当にそう言い切れるかどうかは疑問だがな。 マンフレート:いずれにせよ、「名簿順位の決め方が有権者不在のルールになっている」という問題点はあったわけで、それを改善する為に新しく導入された……と見ていいんでしょうか? ラプラス:とりあえずはそれで良いと思うぞ。まあ、結果がどうなるかはまだ分からないがね。 キャサリン:それで、教授。実際には、この「非拘束名簿方式」の「比例代表選挙」ってどのように運用されるわけ? ラプラス:うーん、そうだな……。それならば、実例を用意しよう。こちらを見てくれ。
キャサリン:……教授。 ラプラス:何だ? キャサリン:ちょっと変じゃないの、これ。カタカナと漢字の候補者が入り混じってるわよ。 マンフレート:それに、政党と候補者の名前がかなりヤバげですが……。 ラプラス:(--;)……さ、そういうことは気にせず始めようか。 キャサリン:(--;)……逃げたわね。ま、いいけど。 ラプラス:本当は別の政党もあったんだけどね……「ヴァレリア共産党」とか「政党連合『マナの木』」とか「グレバトス教民主同盟」とか……。 マンフレート:あの……もっとヤバイんですけど(^^;)。 キャサリン:それで、制度のほうだけど、上の表が各政党の候補者名簿ってわけね。 ラプラス:その通り。見れば分かるが、各候補者に順位は付けられていない。各党が提示するのは「我が党の候補者はこの人達です」という情報だけだ。 マンフレート:なるほど。 ラプラス:そして、比例代表からの立候補者も選挙活動ができるようになった。 マンフレート:どこぞの駅前で某T教授を目撃したのはそのせいだったんですか。 キャサリン:そうらしいわ。比例代表からの立候補した人達も、今回は「競争」と「有権者からの審判・選択」に晒されるわけだから、選挙活動ができなければフェアであるとは言えないわ。 ラプラス:んで、投票日に話を移すんだが、有権者は「政党名」もしくは「候補者名」のいずれかを投票用紙に書いて投票を行う。それ以外の投票は無効になってしまうから注意が必要だ。 マンフレート:例えば? ラプラス:前出の例──例えば新党「次世代への鍵」の場合、有権者は「新党『次世代への鍵』」と政党名を書くか、「相沢祐一」「神尾晴子」というように候補者の名前を書くかのいずれかを選択できるわけだ。無論、「水瀬秋子」というように候補者名簿に無い名前を書いた場合や、「うぐぅ」「いちごサンデー」のように指定されていない語句を書いた場合には無効票となる。ちなみに、ハートマークなどの記号や「さん」などの敬称を書き足しても無効票になるらしい。 マンフレート:本当ですか? ラプラス:私はそのように伝え聞いている。だから、今回の例だと、投票用紙に「美坂栞」と書いた後に「そんなこと言う人嫌いです」と書き足したり、「さゆりん」と書いてしまったり、「神尾晴子さん」と書いてしまったり、「頑張って★」という激励メッセージを付け足したりすると全て無効票になる。特に、「敬称書き足し不可」は意外と引っ掛かりやすいので注意が必要だ。 キャサリン:それにしても、候補者名簿に無い名前を書くこととか個人特定が不可能な語句を書くって本当にあるのかしら? ラプラス:それが案外と少なくないらしい。どこぞの知事選挙では「小泉純一郎」という名前の投票が実際にあったらしい。今回の参議院選挙でも、比例区で自民党に投票しようとして「小泉純一郎」と書いてしまうこととか、民主党に投票しようとして「ユッキー」と書いてしまうこととかが本当にありそうだからな。 マンフレート:選管の方は頭抱えそうですねえ……。 キャサリン:まあ、分からなくなったら、投票所に張ってある紙を見て書けばいいことだし、そこまで気にすることも無いとは思うけど。 ラプラス:そうなんだが、世の中からはうっかりミスをする人間と確信犯は絶対に無くならないからな。 マンフレート:で、投票が終わりました。今から集計に入るわけですよね? ラプラス:その通り。とりあえず、今回の選挙では以下のように票が集まったものと仮定しよう。
キャサリン:無効を除いた有効投票率は66.8%ね。 ラプラス:今回の参議院選挙ではもう少し高くなるだろうとは思うが、それはおいといて。 マンフレート:それで、まずは何をするんです? ラプラス:最初に各党に配分される議席数をドント方式と呼ばれるものを使って計算する。 マンフレート:その「ドント」って何ですか? ラプラス:ベルギー人の法学者で、この制度を最初に考え出した人だ。では、具体的な説明に入るけど、非拘束名簿方式比例代表選挙では、各党に対して投じられた票と各党の選挙人名簿に名前を連ねている人間に対する得票数の合計値を最初に出し、その合計値を1、2、3……と順に整数で割っていく。割られた値はちゃんと記録しておくこと。 キャサリン:うんうん。 ラプラス:そして、全政党に対して同じ計算を施し、全政党を通じて商の高い順にカウントを行う。そのカウントが定員と同じ数まで行われたらそこで処理は終了。各政党はカウントされた商の個数と同じだけの議席を獲得することができる。今回の例だと、こんなところだろう。
キャサリン:結構いい具合に得票数が反映されてるわね。 ラプラス:これは様々な選挙制度を研究した挙句に辿り着いた「現時点における理想的な議席配分システム」の1つだ。中学校の頃これを見た時は、思わす感動してたしな。 マンフレート:それは大げさかも……(--;)。 ラプラス:(オホン)……ちなみに、外国では除数に「2、3、4……」「ルート2、ルート3、ルート4……」「1、3、5……」「ルートn*(n+1)」など色々な数が使われているが、やっぱり「1、2、3……」と数えていくのが一番単純でよろしい。子供が理解可能なシステムでないと政治教育にならんしな。 マンフレート:しかし、よくもまあ「ルート2」とか「ルートn*(n+1)」とか変なもの考えますよねえ。 キャサリン:それは向こうの事情というものがあるから仕方無いわ。……それで、議席は決まったけど、誰がその椅子に座るわけ? ラプラス:個人名投票による得票数の高い順。 マンフレート:……つまり? ラプラス:有権者の投票によって候補者名簿の順位が決まるというわけだ。例えば、前回までの選挙──拘束名簿方式だと、投票前に順位が決まっていた。例えばこんな感じ。
キャサリン:確かにそうだったわね。 ラプラス:ただ、このルールだと、有権者側に「こいつは国会に送りたくないのに送られてしまう」というような不満が残ってしまう。その上、選挙をショーとして楽しむ人間から見れば、上位の人間──この例だと倉田佐祐理とか神尾晴子は当選確実、国崎往人や美坂栞のような下位の人間は落選確実……というように選挙結果がある程度見えてしまって面白くない。 キャサリン:それは間違った理由だと思うけど(--;)。 マンフレート:んで、今回はこういう結果になったわけですか。
キャサリン:なるほどね。でも、これって一種の人気投票じゃないかしら。 ラプラス:選挙なんてそんなものだ。 マンフレート:それは言ったらダメなような気が……(--;)。 キャサリン:あとは、同じ作業を他の党でも繰り返して、全ての議席を埋めるだけね。
キャサリン:しかし、凄い顔触れね。 ラプラス:元ネタが元ネタだからな(^^;)。 マンフレート:それにしても、この制度で果たして良いものなんでしょうか? キャサリン:と言うと? マンフレート:いや、さっきのキャサリンさんの話にありましたけど、これって事実上の人気投票ですよね。有権者の投票によって名簿順位が決まるわけですし、個人名による投票も政党への投票にカウントされるわけですから。 キャサリン:確かにそうだわ。 マンフレート:だとすると、これは一昔前の「全国区」と一緒になってしまうような気がするのですが……。 ラプラス:うーむ、まるっきり一緒、ということは無いと思うけどなあ。 マンフレート:どうしてですか? ラプラス:「政党に対する投票」という、かつての全国区には無かった別の要素が絡んでくる。だから、当時とは少なからず異なったものになるはずだ。例えば、今回の選挙だってこんな現象が起きている。
※ただし、これはほんの一部。 マンフレート:……あ、票がひっくり返ってる。 キャサリン:どういうことなの? ラプラス:今回の例では、タウンメリア民主党などは組織が比較的強くまとまっていて安定した集票が期待できる反面、花形候補者が少ない政党として扱われている。んで、「次世代への鍵」というところはタレント議員ラッシュで議席を増やし、議会内に地盤を確保しようと躍起になっているできたてほやほやの新党と扱われている。だから、政党名だけを書いた投票が大量にあると、この例のように「個人としては信任されているけど国会議員になれなかった」というケースは当然出てくる。 マンフレート:なるほど。 ラプラス:しかし、政党込みで考えると逆転は解消されてしまうことがある。仮に [計算結果]=個人名得票数+個人名得票数×所属政党の政党名得票数÷所属政党に対する個人名得票数の合計 という数式を用意して、政党名得票を個人に対して比例配分してみると……。
マンフレート:あれ? レイラさんとマクダレンさんの逆転は無くなったけど、アーヴァインさんの逆転現象は解消されてませんね。 キャサリン:本当だわ。 ラプラス:ちなみに、個人名投票のみで議員を選ぶとこういうことになる。
キャサリン:まさにタレント議員ラッシュって感じだわ。 ラプラス:ちなみに、全国区に近い選挙結果ということで、こんな例も試してみた。
キャサリン:この2つは極端な例だから参考にはできないわね。 ラプラス:確かに。なお、旧来の比例代表選挙だとこういう結果が出る。
マンフレート:しかし、少し計算式を変えるだけでも、こんなに当選者の顔触れが変わってしまうものなんですねえ……。 キャサリン:どの結果が最も良いのかしら? マンフレート:銀縁愛国党やタウンメリア民主党にとっては、政党名だけの比例代表制度が得になるんでしょうね。かつての全国区のように個人戦に近い制度だと新党「次世代への鍵」が一番伸びてます。 ラプラス:非拘束名簿方式で得しているように見えるのが、この5政党の中では小さいエスタ共和党と緑葉連合だったというのは予想外の結末だな。もっとも、どちらの党もドント方式のおかげで救われているというのが実態に最も近いところだが。 キャサリン:それにしても、中途半端な結末ねえ。誰がこんな制度を作ったのかしら? ラプラス:ここの議会内だと……誰なんだろう? ずっと前からこの制度が続いていて、最大勢力の銀縁愛国党あたりが「そろそろ変えてやりたい」と言って、議会内で論戦を続けているところだろうな。 マンフレート:うまくいくでしょうか? ラプラス:それは分からん。まあ、参考になるかどうか分からんが、こんな話もあるぞ。イギリスでは97年の総選挙の際、労働党が小選挙区制の見直しを公約の1つに掲げていたらしいのだが、いざ選挙が終わってから実際に見直しを始めようとした時になって、ブレア首相が選挙中とは異なり「自分の党に不利益になるように選挙制度を変える馬鹿がどこにいるか」みたいなこと叫んで、選挙制度改革を御破算にしてしまったらしい……という話を聞いたことがある。 マンフレート:確かにそうだけど……(--;)。 キャサリン:だからといって直接民主制にするには手間が掛かるし。国民投票を年に何回も開くわけにはいかないでしょ? ラプラス:まあ、どのように改造してもどこかに穴が空いてしまうというのが制度というものだ。せいぜい、議員ではない個人にできることは与えられた権利を最大限使うことぐらいしかあるまい。我々にとって選挙制度などというものは政治家が党利党略で一方的に決めるものでしかないのだからな。 マンフレート:ひどい言い草だなあ……(--;)。 キャサリン:ねえ、教授。ふと気になったんだけど。 ラプラス:何が? キャサリン:この5つの政党が選挙に出たとして……公約ってどうなるのかしら? マンフレート:「公約」? キャサリン:そう。ふと気になったんだけど。無茶苦茶なこと言い出さなきゃいいけどなあ、と思って。 マンフレート:「眼鏡着用者向け減税」とか「全国の保養施設にメイドロボ(ただしマルチタイプ)配布」とか「朝の挨拶を『おハロー』にする」とか「学校給食に毎日鯛焼きを出す」とかみたいな感じですか? ラプラス:……そんな選挙なら棄権してやる(爆) |