別れの挨拶

アレクシス・v・カイテル

笑顔が似合わない場所というのは割合少ないもので、その大抵は人の死が関わってい
るものである。
例えば、墓石が居並ぶ静かな墓地などは最たるものだろう。
若干19歳にしてカイテル家当主であるヴィルヘルム・カイテル子爵が、半年ぶりに
義姉を見たのはそんな場所だった。
そのとき彼女は一つの墓石の前に佇んでおり、ヴィルヘルムからは表情を伺うことは
できなかった。

「アレクシス義姉さん?」

呼びかけに対して驚いたように振り返った義姉は・・・いつもの通りの笑顔。
しかし、違和感は感じなかった。彼女はいつでも笑っているのだから。

「うわ、こんなところで会うとは思いませんでした、おとーとよ」
「本当に。こちらまで来るなら連絡を入れてくれればいいのに」
「あはは、家に帰るだけの時間は取れませんでしたからね」

気楽に言ってのけてはいるが、実際にこの時間を捻り出すのさえ苦労したことだろ
う。
開戦は間近である。準備に時間はいくらあっても多すぎることはない。

「それでこっちに?」
「そうですよー。とりあえず、戦争行く前に顔出しておこうかと思いまして」

言って、アレクシスはもう一度墓石に向き直る。ヴィルヘルムもその墓石は知ってい
る。
刻まれた名は

『Helene・Keitel』

ヘレネ・カイテル。
彼には面識のない人物だ。
それでも死者に対する礼というものか、ヴィルヘルムは義姉に並び聖印を切る。

彼がヘレネについて知っていることは二つだけ。
一つは義姉アレクシスの実母であるということ。
もう一つは、彼女の死後から一年を待たずして、夫ゲルハルト・カイテルが再婚した
ということ。
つまり、ヴィルヘルムの母との再婚であったわけだが。
ヘレネと義父との夫婦仲がどうであったのか。
これは推測するに・・・

「母さんのお墓、ときどき見に来てくれてるんですねえ」

唐突な声に、ヴィルヘルムは思索を打ち切った。
隣を見れば、やはり笑みを浮かべたままの義姉が、こころなしか申し訳なさそうにこ
ちらを見ている。

「ええ、時間ができると、つい・・・ね」
「ふむ。それじゃ、母さんに代わって礼を言っておきましょーか」
「いいよ、そんな他人行儀な」

ヴィルヘルムは曖昧に答えてみるものの、ここに来る理由は自分でもわからない。
没落下級貴族ともなれば、そうそう暇ができるわけではないのだ。
しかし、それでも時間があればここに来てしまうその理由は・・・
同情、というのが一番近いのかもしれない。
そんな想いを知ってか知らずか、義姉は会話の息を外す。

「さて、出会ったばかりですけど、私はもう帰らないと。ヴィルはどうします?」
「帰る・・・第三騎士団に?」
「ええ、もちろんです」

目を細めて頷くアレクシス。
ヴィルヘルムは思う。やはり、騎士団のことを語る義姉の顔は違う、と。

「そうだね、僕も屋敷の方に帰ろうと思う。ヘレネさんにも挨拶はすませたし」
「なら、お別れですか。久々に会ったのにこんなものなんですねえ」
「次は、屋敷に顔を出して、もっとゆっくりしていってよ」
「うーん・・・戦争で生き残ったら考えときます」

本当に何気ない一言。しかしそこに含まれるのは、別れの可能性を含むもの。
軍人である以上、それは仕方のないことだが・・・

「そんなこと言わずに・・・無事に帰って来てよ」
「おとーとよ、そこは立派に死んでこい、と言うところですよ」
「義姉さん・・・」
「あはははは、まあ、冗談です、冗談。ねーさんの手柄でも楽しみにしててください♪」

義姉がこういうことを言って笑うのを見るたびに、ヴィルヘルムは彼女が昔と変わっ
てないことに気付かされる。
しかし、それでも・・・同じではない。
やはり、仲間のことを語るときは違うのだ。
ならば・・・

「・・・うん、楽しみにしてるよ」

こう言うしかないのだ、自分には。

「それじゃあね、ヴィル」
「ええ、また・・・アレクシス義姉さん」

去りゆく義姉の背をヴィルヘルムは見送ることしかできない。
血こそ繋がっていないとはいえただ一人の肉親として、自分がひどく不甲斐ない。

「ああ、でもやっぱり・・・」

墓地の出口までさしかかった義姉が最後に、口を開いた。
やはり背中越しで表情は見えないが。

「私達は敵を殺すために味方に死ねというのが仕事ですから。きっと、ろくな死に方
はできないでしょうねえ」

その声もまた、ひどく楽しそうに聞こえた。

(2002.09.09)


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