新隊長は1番人気?
アリサ・ハウンド・フォックスバット
「乾杯〜〜!」
焚火を囲みながら、数十人の男たちが祝杯をあげる。
「おめでとうございます、リットン隊長!」
「おめでとうございます!」
「いや、すまんな・・・これも、お前達の働きのおかげだな。」
真中で祝いの言葉を受けた中年の男が言った。男の名はリットン・フロイス。今日まで、この第104遊撃部隊の隊長だった男だ。
「私も、この第104遊撃部隊隊長の任を解かれ、第7騎士団の副官に昇格することになった。・・・今まで、ありがとう。」
男がしゃべり終わると同時に、周りから大歓声があがる。
「あー、静かに・・・さて、次の隊長の紹介をしたいと思う。」
リットンは、酒瓶を置いて、ゆっくりと立ち上がった。
「入りたまえ。」
リットンは、低い声で静かに言った。とたんに周りが再び騒ぎ出す。
そして、野営地の垂れ幕の影から小柄な女性が姿をあらわした。
「えー、紹介する。彼女がこの隊の新しい隊長だ。さ、自己紹介したまえ。」
「あ・・・はい。えっと・・・わたくし・・・は・・・わたくし・・・はぁ・・・ええと・・・」
彼女は、顔を真っ赤にしながら、しどろもどろ何かつぶやいている。
「・・・おい、少し落ち着いて話したまえ。」
「は、はい。私は・・・アリサ・ハウンド・フォックスバット・・・と、言います・・・ええと・・・んと・・・」
アリサと名乗った新隊長は、顔を赤くしたままもじもじしている。
「おーい、新隊長、聞こえませんよ〜!」
「しっかりしてくださいよ〜新隊長〜!」
当然のごとく、一般兵から野次が飛ぶ。リットンも溜息をついて上を見上げる。
「んと、えっと・・・皆様、よろしくお願いしますっ・・・」
アリサは、100度のお辞儀をした。
「あの新隊長、大丈夫ですかなんですか・・・? リットン隊長・・・」
兵士の一人が、小声でリットンに尋ねる。
「うむ・・・だが騎乗技術、そして弓の腕は一流だと聞いておるがな・・・」
「・・・信じられません。」
「まぁ、わしだって信じられんからな・・・」
リットンは、鼻から息を吹きながらうつむいた。が、そのとき兵士達の一部が騒ぎ出した。
「あんたみたいなお嬢ちゃんに・・・ヒック・・・この部隊が統一できんのかぁい? んえ?」
どうやら、酔っ払った兵士がアリサに絡んでいるらしい。
「・・・そんなこと言われても・・・」
が、当のアリサは、赤面しながらうつむいている。
「隊長はぬぁ、部隊全員の命を預かるんだぞぉ〜、わかってんのかぁ? ヒック、俺はあんたみたいな嬢ちゃんに命は預けられねーぞ?」
「どうしたら・・・私に・・・命預けてもらえますか・・・?」
「え・・・? はっはっは! そいじゃ、俺と勝負しなよ。嬢ちゃんが勝ったら、俺の命、嬢ちゃんに預けようじゃないの。」
が、ここまで黙っていたリットンが、ついに口を挟んだ。
「おい、ゴードン、いいかげんにしておけ。飲みすぎだぞ。」
「隊長、俺の性格は知ってるでしょ? どうしてもというなら、装備一式お返しして・・・田舎に帰らしてもらいますぜ?」
ゴードンと呼ばれたその男は、リットンに掛け合う。
「しかしだな・・・」
「・・・どんな勝負でしょうか?」
アリサは、リットンの口から次の言葉が出る前に、ゴードンに返答した。
「ああ、俺と競馬勝負だ。勝てば嬢ちゃんを隊長として認めてやる。負けたら・・・そうだな、任官拒否して、田舎に帰ってもらうぜ?」
ゴードンは、「負けたら一晩付き合え」・・・と本当は言いたかったのだが、さすがに隊長の目の前ではいえない。
「・・・わかりました。その勝負・・・受けさせていただきます。」
アリサは、また100度のお辞儀をして、馬を取りに外へと出て行った。
「やれやれ・・・ゴードンも人が悪いよなぁ。あいつののネレイスはこの部隊でもかなりの駿馬だってのに。」
兵士の一人がつぶやく。その通り、ゴードンのネレイスはこの部隊で5本の指に入る駿馬だ。
10分後・・・アリサは、1頭の馬を手に引いてやってきた。
「へっ・・・来たな。それじゃ、勝負といくか。ここがスタート。あそこに松明が見えるな? あそこがゴールだ。」
「・・・わかりました。」
遠くに、松明が揺らめいてるのが見える。距離が遠くてよく分からないが2km少々であろう。
「俺のネレイスは・・・速いぜ? おっと・・・あんたの愛馬の名前を聞いておこうか?」
そういって、ゴードンは愛馬ネレイスの首を軽く叩いた。
「この子は・・・フガクって言います。・・・では。」
アリサは、しなやかな動きでさっと愛馬フガクにまたがった。
「よし、準備はいいな?」
「・・・準備なら、とっくにできてるよ。」
(・・・なんだこいつ? 馬にまたがったとたん口調が変わりやがった・・・)
「・・・へっ。よし、いいぞ!」
ゴードンが、スターター役の兵士に声をかける。
「準備いいな? よーい・・・スタートッ!」
スターターの掛け声と共に、2頭の馬が一斉に走り出した。
アリサとフガクが、頭の分だけリードしている。
「へっ、馬のほうはなかなかいいようだが・・・腕のほうはどうかな?」
「・・・無駄口があっても、馬は速く走れないよ?」
「こ・・・このガキ・・調子に乗るんじゃねぇ!」
ゴードンは、手綱をしごき、ネレイスを加速させる。ネレイスはよく反応した。フガクを抜き、体ひとつ分リードした。
「はっは〜、どうだぁ?」
もちろんこれはゴードンの罠である。誘いに乗って向こうも加速して先に突っ走ってくれればしめたものである。
「・・・わかったよ。あんたの誘い、乗ってあげるよっ!」
アリサも、フガクの手綱をとり、フガクを加速させる。フガクはネレイスを抜き返し、体3つ分のリードをとった。
「・・・たいしたことねーな。このペースじゃゴール前にゃバテバテだぜ。」
ゴードンは、一人にやりと笑った。
・・・すでに、半分は走っただろう。松明の炎がはっきりと見え、周りには兵士達の姿が見える。
「ゴードン、負けるんじゃねーぞ! 俺の朝飯がかかってんだぜ!」
「アリサちゃん、逃げ切れー!」
声援の相手は、人それぞれのようだ。まぁ、私欲が絡んでいるだけなのだが・・・
「へっ、悪いが行かせてもらうぜ。ネレイス、行くぞ!」
ゴードンは、スパートをかける。ネレイスの末脚の鋭さは、この部隊でも有名である。
ネレイスは、フガクとのあいだをどんどん詰めていった・・・ハズだった。
「バカな・・・そんなバカなっ!」
フガクとの間が詰まらないのだ。
「ネレイス、どうした! お前の脚を見せてみろ!」
ゴードンは必死に叫ぶ。ネレイスはまだスタミナを残しているようなのだ。だが、フガクとの間が詰まらない。
「フガク、行け!」
アリサは、フガクをぐいと加速させる。ネレイスとの差が、見る見るうちに開いていく。
「な・・・なんだと?」
驚いたのはゴードンである。完全なハイペースだとタカをくくっていた。いや、実際にハイペースだったのだ。
それだけフガクがただの馬ではない証拠である。フガクは、ネレイスを50m以上突き放しゴールした。
「くぉら〜! ゴードン! 俺の朝飯返しやがれ〜!」
「アリサ隊長、最高だぜ〜〜!」
観衆から、罵声と歓声が飛び交った。
「フガク、お疲れさんっ」
アリサは、首を叩いてフガクをねぎらった。
「どぅ? あたしの勝ちだよ♪」
「・・・なんて馬だ・・・俺のネレイスが・・・まったく持って歯がたたないとは・・・」
「これで・・・あたしを隊長として認めてくれる?」
「・・・はっはっは。負けたもんはしょうがねぇ。嬢ちゃんの実力は確かだ。このゴードン、アリサ隊長に命預けるぜ!」
ゴードンは、アリサに敬礼し、またアリサもゴードンに敬礼を返した。
そのとたん、周りから歓声が巻き起こり、この狂乱はそれから1時間続いた。
第104遊撃部隊・・・新隊長の登場である。
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