2人の修行者(1)

アリサ・ハウンド・フォックスバット

アリサは、手紙を読んでいた。遠く離れた・・・帝都ラグライナにいるプリフライトからの手紙である。
プリフライトは、悲しみなど・・・マイナスの感情を人に見られることを激しく嫌う。
もちろん、プリフライトだってやはり故郷が恋しいし、性格と酒癖が原因か友人がほとんどおらず、寂しいのだ。
プリフライトはそれを知られたくないがために、自分のことをほとんど手紙に書かない。
せいぜい「元気にしてるよ」ぐらいだ。そのため、手紙はいつも帝都のニュースが主だった。

「ふぅん・・・セルレディカ様の正軍師に、『翼在りし者』エル就任・・・かぁ・・・」
アリサは、残っていたミルクティーをぐいと飲み込む。
「私も、早くセルレディカ様のお手伝いができるようになればいいんだけど・・・」
アリサは手紙をテーブルにおき、壁にかかっていた愛用の弓・・・フェアリーアローを持って、特訓のため外へ出て行く。
「んっ・・・ん〜〜っ・・・今日もいい天気だね。」
アリサは、ぐいっと背伸びをする。外は、雲ひとつない青空が広がっている。
そして、フガクに飛び乗り、遠く離れた特訓場に向かう。特訓場といっても手作りのわら人形が並んでいるだけの場所だが。
「よーし、今日もやるぞっ!」
アリサは弓を構え、フガクを走らせながらわら人形めがけて弓を射る。日本でもさかんに行われていた流鏑馬みたいな物である。
最初は、わら人形との間隔は5m程度だったが、徐々に離して行き・・・今では、馬上から50m先の人形を射抜くようになっていた。
「よっし、今日も全弾命中!やったね♪」
馬上で、アリサは笑顔でガッツポーズする。
「今日で、ちょうど試験まで3ヶ月・・・よーし、今日からもっと特訓量増やさなくっちゃ!」
アリサは、何度も何度も弓の特訓を繰り返す。距離をさらに離して、ひたすらに特訓を続ける。
そして、3時間ほどが過ぎた。普段は、1時間ごとに小休止をするのだが、今日はぶっ通しで特訓に励んでしまった。
すでに太陽は南中を迎えている。雲は、地平線の上に少し見えるだけである。
「ハァ・・・ハァ・・・す、少し・・・休んだほうがいいかな・・・」
顔を、汗でずぶぬれにしながらアリサはつぶやく。だが、今日は少しばかり無理をしすぎていた。
それを察知したのか、フガクは勝手に大木のもとへと歩いていく。
「ハァ・・・ハァ・・・あ、頭が・・・痛い・・・・・・・・・・・・うあ・・・」
突然、アリサは意識を失いフガクから転がり落ちた。そして落馬の衝撃で一瞬意識が戻る・・・
「うあ・・・わ、私・・・どうしちゃったんだ・・・ろ・・・」
アリサは、再び意識を失った。


「ふぁぁぁぁ・・・ああ〜〜」
木陰で昼寝していた人影が起き上がる。
彼の名は、コマ・スペルンギルド。修行中の魔術師である。
「はー、よく寝たねぇ・・・さてと、寝て腹も減ったし、弁当を・・・あ”あ”っ!」
彼は、イキナリ叫んだ。無理もない。彼が見たものは・・・彼の目の前で、弁当が猪に食い尽くされる瞬間だったのだから。
弁当をたいらげた猪は、すばやくUターンして駆け出す。
「・・・あ、コノヤロウ! 僕の弁当返せッ!?」
コマは、立ち上がって猪を追いかける。人間とは思えないスピードで(笑)
「弁当弁当弁当弁当弁当弁当ーーーー! 僕の弁当ーーーっ!」
どんどん猪との間を詰めていくコマ。そして、いざ飛びかかろうとしたその瞬間、猪がふっと消えた。
「え? ・・・のぉぉぉぉぉぉぉ〜〜!」
コマは、思いっきり大木に激突する。
「ぐっ・・・・・・僕の弁当・・・」
ずるずると大木にもたれかかるコマ。猪は、大木の根元の巣に駆け込んでいた。

ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜

タイミングよく、お腹が音を立てる。静かな草原なので、その音は良く響いた。
そのとき・・・コマの頬に電撃が走った。

べろんっ

「のわぁぁぁぁぁ〜〜! んがっ!?」 コマは、びっくりして跳ね起きる・・・勢いあまって、木に頭をぶつけてしまったが・・・
「あたたた・・・つぅ〜〜・・・ん? 馬?」
彼の目の前には、1頭の黒毛の馬。首を下げて、じーっとこっちを見ている。
そして、ゆっくりと、大木の裏に回りこむ。
「変な馬だな・・・この裏にナンかある・・・ぬうぉぉぉっ!?」
大木の裏では、女の子が真っ赤な顔で大木にもたれかかっていた。汗びっしょりで、目を閉じたまま肩で息をしている。
(この娘・・・・・・ポニテだ(爆)って、何考えてんねんアタシ!)
・・・コマは、固まっていた(笑)黒毛の馬が、じーっとこっちを見つめている。
とりあえず、自分を落ち着かせて声をかける。
「あ、あの、君・・・大丈夫?」
「え・・・?」
女の子はゆっくり目を開ける。だが、目の開きは弱弱しくて苦しそうである。
「うーん・・・見た感じ、日射病かな?」
コマは、パチンと指を鳴らす。大気中の水分が、氷となって現れる。その氷を手ぬぐいに包み、そっと女の子の額の上に乗せる。
「・・・あ、あの・・・こ、これ・・・」
「そのまま寝てて。すぐに良くなるから」
「あ・・・あの・・・ありがとうございます・・・あ、あの・・・あなたは・・・一体・・・?」
「ん?あー、僕はコマ・スペルンギルド。魔術師として修行のたびをしてるんですわ」
「私は・・・アリサ・・・アリサ・H・フォックスバット・・・帝国軍に入るために、修行中です・・・」 「君も修行中・・・僕と同じスね」
「私・・・セルレディカ様に命を助けてもらったことがあるから・・・その恩返しができたらと思って・・・」
「ふんふん・・・なるほどねぇ・・・」
それから・・・約30分の沈黙が訪れるが、ふいに、アリサはゆっくりと立ち上がろうとした。
「ああ、本当はしばらくじっとしていた方がいいけど・・・早く帰ったほうがいいスな。送っていくから無理しないで」
ゆっくりと、コマは立ち上がる・・・その瞬間・・・

ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜

「むっ・・・(汗)」
思わず顔が赤面するが、網笠をかぶっているので外からは見えない。
「フフッ・・・コマさん、お礼にお昼はご馳走させてください・・・だいぶ、気分も良くなりましたから・・・」
アリサは、ゆっくりと立ち上がり、フガクにまたがる。だが・・・
「・・・・・・あうううううっ」
馬上で再び頭を押さえ込み、アリサはフガクの首にもたれてしまう。
「あー、ほら無理しないで。僕も馬ぐらい乗れるからさ。送っていくから・・・よっと」
コマもフガクへと飛び乗る。
「ハァ・・ハァ・・・ご、ごめんなさい・・・ありがとうございます・・・」
「えっと・・・うちはどっち?」
「西です・・・西へ30kmほど行ったところに・・・」
「わかった。任しといてね。」
コマは、フガクの手綱を取り、西へと走らせた。



「・・・・・・・・・ウゲェ・・・んぐ・・・し、しかし・・・デケェ」
コマは、酔いながらつぶやいた。フガクの上で酔ってしまったのだ。アリサの方はすでに体調も良くなってまるっきり立場逆転である。
さらにコマは、アリサの家をみて驚いた。フォックスバット家は、代々ハウンド牧場の主をつとめている。俗に言う富豪なのである。
「コマさん、本当にありがとうございました・・・もう、大丈夫みたいです」
アリサは、フガクから降りて玄関へと向かう。そのとき・・・いきなり、フガクがコマを背中から振り落とした。
「のわあっ!?」
何が何だかわからず、コマは落馬する。
「フ、フガクっ・・・ダ、ダメだよそんなことしちゃ・・・コ、コマさん、ゴメンなさい・・・この子、私以外の人を嫌うから・・」
「そ、そういうのは・・・先に言っといて欲しい・・・('Д ̄;;;;;;;;;」
腰を押さえながら、コマが立ち上がる。落馬しても、なぜかその網笠は取れなかった。
「お礼に、夕御飯ご馳走しますね・・・中へどうぞ・・・」
「あ、あ、失礼しまッス」
慌てて、玄関にコマは駆け込んだ。が、そこでコマが見たものは・・・
「アリサお嬢様、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
玄関では、4人のメイドが待っていた。
「ただいま帰りました・・・えっと、今日はお客さんがいるから、晩御飯と客室、お願いしますね・・・」
「かしこまりました」
メイドの1人が、ささっと客室の方へ歩いていった。
そんなアリサとメイドのやり取りを、コマはほげぇ〜っと眺めていた。
(は・・はは・・・めいどさんが1人・・・めいどさんが2人・・・めいどさんが3人・・・めいどさんが4人・・・ゲフゥ)
1人で妄想しているコマを、アリサは不思議そうに見つめていたが、すぐにコマの手を取り客室へと引っ張る。
「コマさん、こっちこっち」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・めいどさんが4人も・・・ゲホゲホ)
「あ、アリサお姉ちゃん、お帰りなさいっ!」
(のわぁぁぁっ!?)
明るく元気な声が、廊下に響く。コマは、びくっと震え現実世界へと戻ってくる。
「ただいま、フレスコ。あ、今日の晩御飯、父さんいないけど3人分お願いね」
「うんっ!・・・ところで、その変な笠のおじちゃん誰?」
・・・・・・コマは、一瞬固まった。
「変な笠の・・・おじちゃん・・・ボクまだ二十歳なのに・・・」
コマは、ブツブツとつぶやいていた。あわててアリサがフォローに走る。
「あ、え、えっと・・・笠してたんじゃ・・・えっと、顔がわかんないし・・・え、えっと・・・(汗)」
「あ、ゴメンなさい・・・じゃ、変な笠のお兄ちゃんだねっ」
「・・・変な笠・・・・・・・・・('Д ̄;;;;;;;;;;;;;;;」
フレスコの非情な発言にコマは脆くも撃沈した。

(2002.12.04)


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