the Risk
バーネット=L・クルサード
――モンレッド集落郊外。
そこに、彼女は居た。
慌しく起こる土煙を遠くに見やり、彼女――バーネット=L・クルサードは訝しげな表情を浮かべる。
「あれは……どいつの部隊だ?」
土煙は自分たちの部隊の少し離れたところを通り、南下している。その先には確かユーディスの部隊が移動していたはずだ。
「ユーディス隊、敵部隊と交戦を開始した模様です!!」
「……一番槍はあの坊やかい」
思考を巡らす間も無く、慌しく戻ってきた斥候が状況を伝える。
「開始と言う割には、随分静かだな?」
「それが……どうやら敵将の誘いに乗って一騎打ちに応じたようです」
その言葉に僅かながら嘲笑が漏れる。
その嘲笑は誰に向けられたかは斥候には解らなかった。恐らく彼はユーディスに向けられたものだと判断したかもしれない。だが、バーネットが嘲笑した相手は別であった。無論、それを誰も知る由もなかったが。
「所詮匹夫の勇、か」
ユーディスは荒削りではあったがあれくらいの技量があれば死ぬことはないだろう。ここで上手く敵将を討ち取る……とまでは行かなくても負傷させれば意味は大きい。
そうなればこちらの士気も上がり、大いに弾みがつく。
その分ではバーネットはユーディスに期待していた。
彼女が人に……特に自分よりも年下の人間に期待することなどは今まではあまりなかったが、彼には何かを感じたらしい。
「で、結果は?」
――間。
「ユーディス将軍が負傷された模様です」
バーネットの問いの数秒後、何故か斥候が申し訳なさそうに答える。
「やれやれ……とんだ甘ちゃんだねぇ」
苦笑交じりに、バーネットは自らの得物を肩へと担ぐ。
期待を見事に裏切ってくれたユーディスには正直苦笑以外思い浮かばなかった。
「さて……相手の情報は何か解ったかい?」
「はい」
手短に必要な情報を聞き出し頭に入れる。
戦場では何よりも情報が大事だ。いくら武勇が優れていようが、用兵に長けていようが、最大の武器は情報だ。必要最低限のモノを踏まえ、そしてその上に自分の力を重ねる。それが戦闘でのシンプルで、勝つための最上の方法だとバーネットは学び、経験してきたのだ。
「ユーディスは無事なんだね?」
改めて斥候に問いただすと、バーネットはグラスの水を一気に呷る。
負傷したとはいえ、無事であれば問題ない。彼のことだ、直ぐにでも戦線に戻るだろう。
だが、無事じゃなければ状況としては最悪である。
「ええ、一応負傷されましたが、直に戻ると思われます。ただ……」
「何さね?」
「いや、その相手――煌槍の彩音というらしいんですが、ソイツがメッセージを残してったんですよ」
「メッセージ?」
「ええ……『悪辣なる帝国の尖兵よ。“煌槍”の名を恐れぬのならかかってきなさい』と、言ったそうです」
その言葉を聞いた瞬間――バーネットの表情が変わった。
「けっ……何様のつもりなんだか」
一瞬の間。
だが、斥候の兵士にはそれが一瞬には感じられなかったのだろう。
バーネットの冷酷な表情が、彼の刻を一瞬止めたかのように彼は感じていたのだ。
「無傷だからっていい気になってんじゃないよ」
誰に言うとでもなく、殺意を込めた言葉を紡ぐ。
気の弱い者なら、その言葉だけでも殺せそうなほど、冷たく、そして重い一言だった。
「全軍、攻撃準備。遅れるんじゃないよ」
一喝の下、全騎が臨戦態勢に移る。
彼女が率いる第13部隊は数分も立たぬうちに戦闘体勢を整え、次の一言を待ち続けた。
彼女が発する、ただ一言を。
「攻撃開始。“13”の意味を徹底的に教えてやりな」
命令を簡潔に言い切ると自らも馬を走らせる。
「戦場を勘違いしてるヤツに……殺し合いには相応のリスクがあることを教えてやる」
小さく呟いた言葉は誰にも聞かれない。
だが、誰よりも殺意を込めた言葉であった。
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