出会いは至って突然に。
バーネット=L・クルサード
「お加減は如何ですか?」
「……誰だ?」
ファミリア=スティーヌとの戦いの後、重傷のままカルカシアへと移動したバーネットはそこでルーデル隊に拾ってもらい、今は帝都にいた。当人は病院に入るほどではない、と叫んでいたが上から直接命令が下り、渋々と入っていたところにその来訪者は突然やってきたのだ。
その来訪者は、背丈は低すぎず、かと言って高くもない。髪を後ろで纏め、すっと流した感が見た目にも良く可愛いと言える。彼女で最も特徴的なのはやはり、その双眸にかかる眼鏡だろうか。
「誰だ、と聞いている」
「キリカ。キリカ・ラングレーです。これでもしがない内政官の端くれなんですけど……」
向こうはこちらを知っているようだが、バーネットにはキリカ・ラングレーという名は覚えが無い。
「悪いがあたしはアンタなんて知らないし、呼んだ覚えもないが?」
「あれ? 聞いてませんでしたか?」
「何を」
きょとんとした表情のキリカに対し、バーネットの表情は明らかに不機嫌だ。
「回復するまで様子を見るように、と託されたんです」
「内政官の端くれさんがねぇ……よっぽど暇なんだね」
キリカを軽く嘲ると、バーネットはその視線を自分の手元へと移す。
「レヴァイア王国の反乱兵が帝都付近まで来てますからね。内政よりも、今は迎撃の方が優先されてるだけです。だから、前線に立つことの多いバーネットさんの様子を見に来た、というとこですよ」
バーネットの嘲りを気にする様子もなく淡々とキリカは答えた。
「そりゃ失敬。開戦以来まともに帝都に居るのは久しぶりだったのと、周りのことには疎かったんでね」
「そういうバーネットさんは何をしているんです?」
眼鏡の奥の双眸がバーネットの手元を突き刺すように見つめる。
「見ての通りのことだが?」
だが、バーネットは気にする様子もなく、酒のボトルをキリカに見せると、再びボトルを傾けた。
「……誰からもらったんです?」
バーネットの口にしてるボトルを見やった後、キリカはベッド脇へと視線を移し、大きな溜息をついた。
そこには大小合わせて5本ほどのボトルが置いてあった。既に中身が無いものもある。アオヌマシズマ、ソフィア・マドリガーレ、ベルンハルト・フォン・ルーデルの3人が見舞いに来た際にこぞって置いていったのだ。
無論、見舞いに来たときの反応はそれぞれ大いに違ったが、それはまた別の話である。
「まぁ、あたしの知り合いとだけ言っとくよ」
「そうですか」
半ば諦めと溜息混じりの口調でキリカが答える。いや、むしろ“堪えた”と表現した方が正しいかもしれない。
「そうそう、バーネットさんに手紙が来てましたよ」
「あたしに? 誰から?」
「えーっと……」
バーネットの問いにキリカは手にしていた封筒の裏を確認する。
「ヒルデ将軍と……モリス閣下からですね」
「ヒルデと……センセから?」
「はい。バーネットさんの負傷の報、知らせたわけでもないのにこの2人からは計ったように同時に来ましたよ」
「何か……読むのが怖いな」
バーネットは苦笑混じりに呟くと2人からの手紙の封を開け、中身を確認する。
ざっと目を通すとその手紙を封筒に戻し、さっさとベッドの脇へと放ってしまった。
「どうしたんです?」
「何でもないよ」
「その割には、随分と……」
「何でもないって言ってるだろう?」
キリカの言葉を遮り、バーネットは会話を区切る。その後、しばしの沈黙が部屋を支配する。だが、バーネットもキリカが剥いた果物を口に頬張っていり、何気ない会話を交わし始めたところ、途中でキリカが思い出したように言葉を紡ぐ。
「あ、そうそう。今度から私も第13部隊に従軍することになりましたんでよろしくお願いしますね。バーネット将軍」
「ふーん……」
バーネットは軽く聞き流すように相槌を打っていたが、はっと、キリカの方を見やる。
「へ……? 従軍?」
思わず、間抜けな声が出る。
「はい。陛下のご命令で貴女に従軍しろと言われました」
「……おいおい」
「これでもお役に立てると思いますよ?」
「冗談は止してくれ」
くすくすと微笑むとキリカは言葉を続ける。
「冗談ではありません。そりゃ私はバーネットさんに比べれば指揮する力とかはありませんけど、普段の雑務処理とかは遥かに得意ですから」
「言ってくれるね」
「事実でしょう?」
「……まぁ、ね」
「では、再編成の準備、しておきますね」
「へいへい。宜しく頼むよ」
諦めた口調でバーネットが答えると、キリカがくすくすとまた微笑む。
そして、しばらくの雑談の後、キリカは一礼し、病室を出て行った。
「やれやれ……勘弁して欲しいな」
窓から見える帝都の風景は、彼女の思いとは裏腹にただ過ぎていくだけであった。
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