分かたれた道
ベルンハルト・フォン・ルーデル
夜風がゆるやかに男のコートを揺らし、酒の香を風下になびかせた。
リュッカに程近い小高い丘の上で、男は一人木にもたれ、グラスを片
手に酒を飲んでいる。
男の傍には闇と同化したかのような漆黒の毛並みをした軍馬が静かに
佇み、主の指示を待っていた。
誰も周囲の静寂を妨げぬまま、しばしの時が流れる。
男の眼下には帝都クレアにまで続く深い森が裾野を広げていた。
そしてその森の各所、まるで季節外れの蛍のようにゆらめく赤い光。
クレア正規軍6,000の兵馬が、その地に駐屯している。
それを指揮するのは、クレア正規軍屈指の実力を誇る神剣抜刀隊の指
揮官白峰渚、他数名。
男にとって、それらは全て「倒すべき敵」を意味する。
男の名はベルンハルト・フォン・ルーデル。
帝国正規軍の一つ、第三騎士団の指揮官である。
空になった何本目かのボトルを投げ捨て、男はかつて知ったる敵将に
思いを馳せた。
帝都ラグライナで一番高い屋根に登り、二人で初日の出を見た若者達。
あれから3年。
一人はクレアの中核部隊の将となり、もう一人は帝国正規軍の指揮官
となった。
久闊を叙するという選択肢は、互いに失われて久しい。
やがて男は残った酒を一気に呷り、その場を立ち去った。
明朝の攻撃を決意して。
過去に別れを告げるために………。
(………互いに武の道を選んだのだ…剣で語るとしよう……。)
クルス暦1253年春。
帝国軍とクレア軍の戦いは、リュッカでも始まろうとしていた……。
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