決戦

ベルンハルト・フォン・ルーデル/白峰 渚

リュッカの街を見下ろす小高い丘に、漆黒の軍旗が翻る。
軍旗に描かれているのは、虎を模した紋章とVの一文字。
その旗の下、簡易のテーブルの上に展開されたリュッカの地図を前にルーデルは静かに酒を飲んでいた。
度の強いウィスキーのボトルが、地図の上に置かれている。
設置された篝火がその姿に微妙な陰影をつける。
物見の報告によれば、クレア最高の部隊である「神剣抜刀隊」がこの近くに布陣しているはずだった。
ルーデルは何も言わず、目を閉じてただ静かにグラスを傾ける。
決戦の前、最後の夜のことである。


「クレア軍、神剣抜刀隊……来ます!」
報告に頷き、ルーデルは伝令の指し示した方向に目をやった。
その表情が一瞬訝しげに動き、そして納得したかのように微笑した。
(……補給部隊なし……。帰るつもりは、もはやないということだな……?)
手の動きだけで防衛網の展開を指示し、自身も馬に飛び乗る。
静かに、しかし迅速に第三騎士団は迎撃準備を完了した。
前方に展開する土煙を眺め、ルーデルは静かに覚悟を決めた。
(……来い、渚。……互いに、これで終わりにしよう。)


巻き上がる粉塵の中、長剣と刀が交錯する。
首を失った隊士がそのまま駆け抜けて行くのを無視し、そのままルーデルは長剣
を振るって次の隊士の斬撃を受け止めた。
そのまま引きずり込むように体重を移動させ、神剣抜刀隊士を馬から叩き落す。
地面に転落した隊士の悲鳴を、隣を駆け抜けた軍馬の馬蹄の轟きが掻き消した。
騎馬隊どうしの乱戦状態で馬から落ちれば、まず助からない。
横合いから突き出された槍を半身を捻ってかわし、槍を半ばから切り落とす。
そしてまだ少年の面影を残す所有者を一瞬の躊躇もなく斬り捨て、何事も無かったかのように馬を進めた。
展開される死闘はもはや指揮系統の存在を無視した乱戦となり、ルーデル自身の長剣も既に鍔元まで紅く染まっている。
隻腕の敵将を認め、次々と襲い掛かってくる神剣抜刀隊士をルーデルは片端から容赦なく切り捨てた。
纏った漆黒のコートは、既に返り血を浴びて重く濡れている。
幽鬼のような表情で血刀を振るうこの日の指揮官の姿は、神剣抜刀隊士だけでなく帝国兵の中にも畏怖を与えていた、と後の帝国公式記録には記述がある。

戦いは、徐々に終結へと向かっている。
隊士に降伏する者はおらず、帝国に容赦する者もまたいない。
戦いの沈静化は、即ち生き残った人間の減少を意味していた。
勇敢だが無謀な突撃の末に神剣抜刀隊士は次々と倒れ、帝国軍は次々に隊士達を掃討していった。
その中、少なからぬ疲労を感じながら、ルーデルは馬を進める。
もはや組織的な抵抗はないが、いまだ敵将を討ち取ったという報告は聞いていない。
(……ならば、まだヤツは生きているのだろう。)
眼を閉じてそんなことを考える。
「閣下……もうお下がりください……!」
止めに入る部下に無言で首を振り、血刀を下げたまま、ルーデルはさらに奥へと進む。

――過去に決着をつけるために。



「……神剣抜刀隊も、ほぼ全滅、か……」
渚が呟く。独り独りの名前を、渚は言える。
同じ時間を過ごし、笑い、語り合ってきた。
ふと、考える事がある。「自分は正しいのだろうか」と。
死んでいった者達を想う度、自分を捨て駒として使うつもりの神官達を想う度、その考えが頭をもたげる。
考えるべきではない。死んでいった者達に失礼だ。そう黒衣の男……アビスに言われた事がある。
その通りだと思う。だから考えないようにしてきた。しかし……
「……アタシの望みは戦争なんかで叶うものじゃないのに……どうして……アタシは戦ってるんだろう……」
襲ってくる帝国騎士を斬り払い、渚は呟く。
「……でも、やり直すにはアタシの手は……血に染まりすぎた」

(……どこにいる、渚!)
ルーデルの目の隅にふと、半裸の兵士達の姿が映る。
疑問に思い馬を止めると、次の瞬間兵士達の首が宙を舞った。
そして、その中から立ち上がったのは、血と精液にまみれた渚であった……
一瞬の隙に奪ったのであろう剣が握られている。
その瞬間でルーデルは理解した。渚を捕らえた兵士達が行った下衆のような行いを……
ルーデルが声をかけるより先に、渚の口から言葉が紡がれた。
「馬鹿みたいだね……アタシ……」
「……」
「……アタシが欲しいのはね……クレアと帝国が仲良く手を繋ぐその一瞬……それだけなんだ……」
「……(渚……?)」
「でもね……その願いは、あの空の星よりも遠いんだよ……それなのに……アタシはまだ、こんな馬鹿みたいな願いを叶えたいと思ってる……」
……何を言えばいいのか解らなかった。かけるべき言葉も、するべき事も見つからず。立ち尽くすしかなかった。
「……君以外の男の子に汚されるなんて、そんなとこ……見られたくなかったヨ」
渚が弱々しく苦笑する。
「……ルーデル君、アタシは……」
その台詞が終わるか終わらないかのうちに、投擲された槍が渚に命中する。
渚はよろめき、背後の海に転落していった。
「将軍……! 危ないところでした……。」
兵士がルーデルに駆け寄ってくる。
しかし、ルーデルはその直後、海に飛び込んでいき、呆然とする兵士だけがその場に残された……。

「……渚……気がついたか……」
数時間後の第3騎士団のテントで渚は目を覚ました。
「……ルーデル……君か。急に老けたね」
「……?(何を言っている……?)」
「周りにいるのは兵士……どこかと戦争でもしてるのか?」
「……(記憶喪失……か?)」
「私の質問に答えてくれないかな、ルーデル君。無口に磨きがかかったんじゃないか?」
「……(他にも色々と問題がありそうだな……)」

クレアムーン神剣抜刀隊壊滅。クレアの公的記録では「白峰渚 戦死」となっている……。

(2002.10.14)


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