走馬灯

ベルンハルト・フォン・ルーデル

まだ幼かった頃。
母が、この世を去った。
扱いに困った父は、子供達に酒を与えて酔い潰した。
叔父は呆れていたようだが、
他に解決策を思い浮かばなかったのか
その後は一緒になって酒を飲んでいた。



幼年学校の頃。
この頃もよく酒を飲んだ。
母を思い出した時。
父と叔父が戦場に出陣し、家の広さに心細くなった時。
そのたびに酒を飲んで自分を酔い潰した。
いつの頃からか、酔うことも、潰れることもなくなったが、
酒を飲む習慣はなくならなかった。

参謀を務めていた叔父に戦術を習ったのも、この頃だった。
自覚はなかったが、素質はあったらしい。
現在使用する戦術の多くは、この頃学んだものだ。
……叔父には、心から感謝している。



士官学校の頃。
よく喧嘩をした。
貧乏貴族というのは、貴族側からも平民側からも受けは良くない。
だから、よく難癖をつけて絡まれた。
……その度に、容赦なく潰した。
詫びも、謝罪も認めなかった。
多人数で囲まれ、袋叩きにされたこともあったが、
その時も決して許しは乞わなかった。
その程度の覚悟なら、犬に食わせた方がましだと思っていた。
どちらかが、完全に動かなくなるまで止めない。
そんな喧嘩を延々繰り返した。
……最後は、誰も自分に手を出そうとはしなくなった。

喧嘩ばかりではない。
士官学校では様々な出会いもあった。
バーネット=L・クルサード。
初めて会ったのは、士官学校の校長室だった。
彼女とは校則を無視して、よく酒を飲んだ。
だが、それ以外にも思い出は多い。
少々自信のあった模擬戦。
戦術でも、個人戦でも全く歯が立たなかった。
性根を入れなおして訓練をやりなおした。
おかげで、同期以下の相手には一度も負けることはなくなったが……
彼女には、結局勝てずじまいだった。
今でも、彼女とは戦ってみたい気がする。
……片腕を無くした今では、個人戦では決して及ばぬだろうが。

そして、ナギサ・ブルーフォース。
妙な奴だった。
何故か、ペースが乱されてしまう。
だが、そんな関係は嫌いではなかった。
周囲からは冷やかされたが、
それでも何故か一緒にいることが多かった。
クレアとの国境で小競り合いが発生し、
父、叔父、そして兄が全員戦死して
彼女がクレアに帰るまで。
そんな関係が続いた。
……今にして思えば、
その頃から彼女を好きだったのだろう。



当主として家を継ぎ、戦場に出るようになった頃。
よく、人の死に直面した。
初陣での泥沼の敗戦。
よく知っていた士官学校の同級生達が、
家族を、恋人を残したままなすすべなく死んでいった。
戦争の現実を、実感した。
多くの者と知り合い、
その大半と死別した。

部隊を指揮するようになってから、
知人が増えた。
だが、友人はあまり増やさなかった。
いずれ別れるのは分かっていたから。
何も持たなければ、何も失わない。
そんなことを考え始めた時期でもある。
口数がめっきり減った。
この後配属された部下の中には、
一度も指揮官の声を聞いたことがない者もいるはずだ。



クレアとの開戦後。
帝国軍第三騎士団の指揮官として、リュッカに進軍した。
立ち塞がったのは、かつての知り合いだった。
白峰渚。
クレア最強の将として名を成した彼女と、激しい戦いを展開した。
互いの部隊が一人残らずいなくなるまで潰しあった後、
撤退経路で偶然再会した。
敵と味方に分かれても、
渚は、少しも昔と変わっていなかった。
自分が渚を好きである事に気づいたのは、その時だった。

渚との二度目の戦い。
この時は、辛くも勝利した。
負傷からか、それとも他に原因があったのか。
渚は、クレアにいた時の記憶を失っていた。
その渚を、帝国に連れて帰った。
貴族の中には渚を信じないものも多かったが、
陛下は渚の亡命を認めてくださった。



そして共和国方面への転戦。
士官学校の頃に、よく聞いていた名前があった。
キロール・シャルンホスト。
叔父が、戦ってみたいとよく口にしていた。
その影響だろうか。
その男と戦ってみたいと思うようになったのは。
戦場となったモンレッドの地で。
その男と戦い、そして殺しあった。
……そう、この地で。

…………そして、この場所で。

走馬灯が終わり、唐突に視界が開ける。
紅く染まった夕焼けの空。
地面に累々と転がる屍。
その中に、天馬に引かれた戦車が佇んでいる。
それを操るのは……
(………ネル? いや、違うな……)
羽飾りのついた兜をかぶった女性。
大神の使いとして、戦場で倒れた勇者をヴァルハラへ招く戦乙女……
ヴァルキュリア。
その手がゆっくりと動き……ルーデルへ差し出される。
その手をとれ、と言うかのように。
「汝には資格がある。……私と共に、来るか?」
ルーデルは頷き、そしてゆっくりと足を踏み出す。
その首が絞まったのは、次の瞬間だった。
誰かがルーデルの襟首を引っ張ったのだ。
「行っちゃ駄目だよ、ルーデル君。」
聞き覚えのある声。
(………ナギサ?)
げほげほと咳き込むルーデルを尻目に、
ナギサはヴァルキュリアを睨みつけた。
「ルーデル君が行くなら、アタシも行く。一人だけでなんて、行かせないよ。」
「……残念だが、私が連れに来たのは一人だけだ。」
「なら、ルーデル君は渡さない。誰が何と言おうと、連れて帰るからね。」
ルーデルの襟首を掴んだまま、ナギサが踵を返して歩き出す。
……それに引きずられて、ルーデルの首が絞まる。
呼吸ができなくなり、体が急速に重くなる。
(………放せ、ナギサ………。
 このままでは、戦死より先にお前に殺される……)


激しく咳き込み、そしてルーデルは目を覚ました。
白く彩られた部屋。
窓から差し込む暖かい光。
そこが病室であることを、ルーデルは理解した。
枕もとに佇むのは、彼の良く知る老人。
帝国の宿将、モリス・デス・カーライル。
「気がついたようじゃの。一向に目を覚まさんから、
 もはや駄目かと思うておったぞ。」
宿将はそう言って笑い、彼に養生するようにとだけ伝えて部屋を出た。
(そうか……。死に損なったのだな………。)
ルーデルは心の中でそう呟き、少し首を傾げた。
長い、夢を見ていた気がする。
先程まで見ていたはずの夢は、もはや輪郭すら思い出せないほど
薄れていたが、それでもどこか懐かしさが残っていた。



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PL:
出演いただいた方々、どうもありがとうございました。
北欧神話をご存じない方への補足……。
ルーデルを迎えに来たヴァルキュリアですが、あれは簡単に言うと
あの世からのお迎えです(笑)
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………おまけ
ナギサ  「…………ルーデル君、あんな女の人が好きなのか?」
ルーデル 「(………誤解だ。)」

(2002.11.16)


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