月夜の夢

ベルンハルト・フォン・ルーデル

月明かりの下、1頭の馬に揺られて移動する一組の男女がいる。
女の名は、ナギサ・シラミネ。
男の名は、ベルンハルト・フォン・ルーデル。
彼らが向かう先は第三騎士団の野営地。
先刻共和国第10部隊から返還されたナギサを、安全な場所まで送り届けるところである。
手綱をとるルーデルの前に腰掛け、ナギサはぽつりと口にした。
「……ルーデル君……私は一体、誰なんだろう……?」
いきなりどうした…と言いたげに眉を動かしたルーデルに、寂しそうな顔でナギサが語りかける。
「私は、ルーデル君のために敵を斬ってきた…
 でも、それじゃあ駄目なんだ…
 分かってはいたんだ…
 いくら殺したって、ルーデル君は喜ばないって…
 でも、私にはこれしか出来ない…
 私は『シラミネ ナギサ』だけど、『白峰渚』じゃあない…
 記憶が欠けてるだけなのに…私は『渚』からは果てしなく遠い…
 『渚』がルーデル君に出来た事は…
 ルーデル君の気持ちを縛り付けたものは、私には無いんだ…
 狂おしい程に、自分が憎い。何も持っていない自分が悔しい。
 ルーデル君、教えてよ…
 『渚』にも、他の誰かにもなれない私は…一体、誰なんだろう…?」
ルーデルはしばし黙して考え…やがて、意を決したようにナギサを抱き寄せた。
その口が開き、ここ数年間誰も聞いたことの無い声がナギサの耳に届けられる。
「……ナギサもまた、俺が愛した渚だ。
 たとえ記憶が無くとも……たとえその手が紅く染まろうとも……
 俺にとってはお前が必要であることに変わりはない。
 ……お前の部隊が壊滅したと聞いた時、目の前が真っ暗になった。
 ……あんな思いは、二度と御免だ。
 ……俺は、お前を失いたくない。
 例え他の全てを失っても、お前だけは失いたくない……。」
「これは、きっと夢だね……。ルーデル君が普通に喋るなんて……。
 ルーデル君の口から、こんな言葉を聞けるなんて……。」
泣き笑いのような顔でナギサは無造作に手を伸ばし、ルーデルの頬を思い切り左右に引っ張った。
……ルーデルは、無言のままそれに耐えた。
「………ほら、痛くない。……だから、きっと夢なんだよ。
 目が覚めたら、ルーデル君が隣に寝てて、蛍におはようって言って、
 いつものようにエアードさんに壷をぶつけて……。」
やがて目に涙を浮かべたまま、ナギサがルーデルにもたれかかる。
「……でも、どうせ覚めちゃう夢なら、今くらい甘えてもいいよね?」
ルーデルは黙って頷き、ナギサを静かに抱きしめる。
中天にかかる月が、馬上の二人を見下ろしていた。

……やがて空が白み始めた頃、ルーデルは第三騎士団の駐屯する野営地に合流する。
ルーデルの腕に抱かれ、すやすやと眠るナギサとともに。

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(PL注) このSSは、キロールさんの書かれたナギサさん捕虜イベントSSの続きです。
しかし、ルーデルの台詞を書いたのは、本当に久しぶりです(笑)


(2002.11.26)


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