会戦
カーチャ・ボルジア
(コロン、コロン)
モンレッドの会戦が近づいている。共和国軍は横一列に布陣を敷き、
帝国軍の侵攻を草原で食い止めようとしている。
対する帝国軍騎兵は朝から活動が活発になっていると斥候からは
連絡が届いていた。
1週間ほど、互いの天幕を睨み合った時期があったが、いよいよ会戦
が近づいている。共和国軍の誰もが戦闘の開始を予感していた。
(コロン、コロン)
「カーチャ様、今日の飴は何味でございますか?」
「アメリアか。先日までの小休止の間に街のマーケットで仕入れて来た
のだ。色々と種類はあるぞ。」
カーチャはポケットから布袋を取り出し、何種類もの飴玉を取り出して
見せた。カーチャは酒も煙草も苦手な体質である。しかし、戦場では
気を紛らわすのに何かが欲しい。そこで、いつも飴を用意して口に含んで
るのであった。カーチャの白い歯の上を転がって飴玉は小気味いい後を
立てている。カーチャの取り出した袋からはハッカ、レモン、ミント、ミルク、
メンソール、梅の飴が零れ落ちてきた。
「実は掘り出し物があってな。ゴーヤ飴というのだ。」
「ゴーヤといいますと、ニガウリのことでございますか?」
「うむ。最近は健康にいいということでニガウリが流行っているそうなのだ。
で、苦い飴というのが気になって買ってきたのだが、舐める勇気がない。
アメリア、試してみないか?」
「ご冗談を。」
(コロン、コロン)
カーチャ部隊は共和国軍の縦列隊形の中で最右翼を守っていた。敵騎兵が
どうやら右翼から共和国軍内へ攻め込もうとしているという情報が入ったのは
朝日が昇って、見張り台が長い影を現した時刻である。
カーチャは騎兵に馬を後方を下げて、全軍に塹壕へ潜る様に支持を出した。
騎兵が歩兵になるのである。防御戦においては仕方のないことであった。
すでに馬止めの柵は設けてある。後は如何にして敵騎兵の接近を封じ込め、
敵を陣地内へ侵攻させないかであった。しかし、カーチャ部隊に攻撃を仕掛け
て来たのは敵の精鋭部隊が2部隊であった。
(コロン、コロン)
敵PussyFoot部隊の攻撃は馬止めの柵が効果を発揮して、柵外の敵騎兵を
石弓で射ることで撃破出来るかと思われた。しかしながら、敵は精鋭部隊である。
時間差を空けて部隊の左翼からブラッディクロス部隊が進出して来た時に一部
の隊が右翼の迎撃に動いた。この隙にPussyFoot部隊が全軍の突入を行って
来たのであった。弓兵の守る柵が突破されると塹壕付近での白兵戦が開始され
る。そこにブラッディクロス部隊が乱入して来たことで、戦場は大乱戦を呈すること
になった。
(コロン、コロン)
この場に及んでもカーチャは飴を舐めていた。こんな状態だからこそ、飴でも舐めて
いなければ不安であったのかもしれない。しかし、この冷静な女将軍はこの時に
も副将に指示を出すことを忘れていなかった。
「アメリア。我が親衛隊を指揮して部隊の背後へ回れ。」
「と、言いますと?」
「抜刀して、脱走する我が部隊の兵を斬るのだ。」
「えっ!」
「この戦況では、兵達が逃げたがる。しかし、我が部隊の任務はこの地を守りきる
ことだ。逃げれば死ぬしかないことを兵達に自分の血で分からせてやれ。」
アメリアはこの女将軍の恐ろしさを戦場において認識させられた。何も言えなかった。
しばらくの沈黙が続いた後に一礼してアメリアは戦場へと出向いていった。
(コロン、コロン)
白兵戦は丸一日続いた。帝国軍が兵を引いたのは日が落ちてからである。
帝国が残した屍は約700柱。カーチャ部隊もおよそ半数の兵が死傷していた。
この数字は決して練度が高いとは言えないカーチャ部隊としては出来すぎた
数字である。カーチャが用意した布袋の飴玉は一日で半分に減っていた。
この日のカーチャの心労を物語るにはそれだけで十分であった。
「アメリア、ご苦労だった。それで、親衛隊はどのくらい味方を斬ったのだ?」
「いえ、我が部隊がまさに勇猛果敢。我々は誰一人、味方を斬ることなく敵を
撃退することに成功しました。」
この報告は益々、カーチャを上機嫌にさせた。
「兵士達も疲れているだろう。この飴を兵に配ってくれ。しっかり疲れを取って
これからの戦いに備えてもらいたい。」
カーチャは一抱えの飴袋をアメリアに託した。
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その夜、生き残った兵士の半分はカーチャ部隊から脱走した。
戦闘には耐えた兵士達であったが、ゴーヤ飴の苦さには耐えかねたのである・・・
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