優雅なる夕食
カーチャ・ボルジア
モンレッドの防衛戦は帝国軍が部隊を撤退させてことで終結した。
人的被害は共和国軍側が多かったのであるが、結果的には敵を撃退した形となり
共和国軍は帝国との初陣に勝利を治めたのであった。
兵達を労うために、ラヴェリアからはワインと豚が送られてきた。
今夜は前線部隊が集まっての祝勝会である。一足先にアメージュ部隊が首都へ移動
したために、カーチャ、エヴェリーナ、カオス、バルドルの4部隊で宴が催されることになった。
実は料理はアメージュがもっとも上手いので、作戦中の台所はアメージュとラスケートが
指揮を取ることが多かったのだが、アメージュがいないために、今回の料理はカオスの部隊
が中心となって作ることになっていた。どこの部隊にも支援役の兵はいるので、カオス自身
料理には手を出さない。女性将軍のエヴェリーナとカーチャも協力は約束していた。
そのカーチャであるが、しばらく台所で作業をしていたが今は陣地の外で石をひっくり返して
虫取りをしていた。
「カーチャさん、さっきまでポークソテーを作っていたのに、こんなところで何をしているのですか?」
「エヴェリーナか。ちょっとカンタレスが欲しくてね。捕まえていたのよ。」
「カンタレス?」
カーチャが差し出した虫はツチハンミョウであった。10匹ほどが篭の中で動いている。
この辺りではカンタレスと呼ばれる昆虫だった。
「なるほど・・・これを料理に使うのですか?」
「使ってもいいが、祝勝会は死人の山になるかもね。カンタレラがなくなってきたので、この
機会に作っておくことにしたのよ。」
「カンタレラ?」
カーチャが保有している毒物は養父のラーヒデが所有していたものを、シュガー家を去るときに
持ち出して来た物である。使用していればいつかはなくなるので、カーチャは製造法が分かっ
ているものは、不足する度に自分で調合して来た。その中でも「カンタレラ」はラーヒデの秘伝
の毒であり、その製造法は門外不出とされてきた。偶然にも養父の死の直前にカーチャはラー
ヒデから、この暗殺のためにあるような毒物の製造法を聞かされていたのである。
先ほどから採集しているツチハンミョウはカンタレラの原料の一つであった。その他にも撲殺
した豚の内臓も使用する。内臓に亜ヒ酸を加えて腐敗させれば、内臓中のアルカロイドが屍毒
に変化する。屍毒とツチハンミョウの粉末のブレンドにより、カンタレラの薬効時間を自由に変
えることが可能になる。暗殺の状況、目的によって万能な効果を発揮出来ることこそがカンタ
レラが毒殺のために毒物と呼ばれる由縁なのである。
ラヴェリアから豚が届けられたので、早速カーチャは内臓を摘出して毒物製造のための処理を
行った。もう一つの原料のカンタリスを更に採取していたという訳である。
「倉庫の一番奥のアタシの名前が入ったワインは決して飲まないでね。新たに作ったカンタリア
と以前の物との比較をするためにあれには古いカンタリラが混ぜてあるから。」
「な・・・ 何故、そんなことを・・・」
「カンタリラの薬効のチェックのためよ。効能を見てみる?」
カーチャは先ほどまで台所で作っていたポークソテーをたまたま通りかかった野良犬に投げて
やった。喜んでソテーにかぶり付く野良犬であったが、すぐに呼吸が乱れ始め、やがて涎を垂
らして仰向けにひっくり返ってしまった。恐ろしいばかりの毒性である。
「毒入りワインで味を調えただけでこれだからね。これと同じ物が作れれば合格よ。カンタレラ
自体も味がいいらしいので、ついつい食べてしまう。食べたら死ぬだけなのね。」
「カーチャさん・・・ まさか、これを敵に使うつもりでは・・・」
「馬鹿を言わないで!キリグアイの麦畑にカンタレラを散布して、一般市民ごと敵を皆殺しにするよう
な事をするはずはないでしょう!」
「じゃあ、どうしてこんなものを・・・」
想像以上の過激な発言に引いてしまうエヴェリーナであった。
「コホン・・・ 基本的にアタシが毒を使うのは特定個人の暗殺の場合のみなのよ。」
咳払いを一ついれるカーチャであった。
「アタシはもう少し虫取りを続けるわね。共和国軍にも悪い虫はいるけど。」
「どうして、そこでオレの顔を見るんすか!」
二人の背後には料理の仕度が忙しくなったので、二人を呼びにやって来たカオスが立っていた。
「虫よりも台所をお願いするっす。男手だけじゃあ仕事が片付かないんすから。」
「分かったわ。アメリアを行かせる。アタシも後から行くわね。」
祝勝会に容易された料理はソテーにシチューにサラダ。それに各兵士にグラスワインは一杯
ずつ振舞われた。戦場の前線では上出来の仕度である。アメリアが随分と腕を振るったらしかった。
「立派なものね。アメリア。」
「ラヴェリア様から豚とワインをたっぷり送って頂きましたから、存分に腕を奮わせてもらいました。
ソテーとシチューの隠し味にもワインを使っているんですのよ。」
「料理の味付けにまで使ったのか。足りなくならなかったの?」
「実は足りなかったんです。」
にっこりと物言いだけな微笑みを見せるアメリアである。
「カーチャ様もお人が悪いですね。人に見つからないように倉庫の奥にワインを一本隠してお
くなんて。」
「倉庫の奥のワイン?」
「カオス様がカーチャ様を呼びに行っている間にワインが足りなくなって大騒ぎになりましたの。
で、倉庫の一番奥にカーチャと書いたワインを見つけましたの。悪いと思いましたが、料理に
使わせて頂きました。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
カーチャ、エヴェリーナ、カオスの顔が見る見る間に青くなった。
「そっそれで、いったいどの料理にそのワインが混ざっているのだ?」
「どうしたんですか?調味料はまとめて作ったので、ソテーにもシチューにも少しずつ混ざって
いると思いますけど。」
真っ青な顔をした3将軍は一斉に叫ぶしかなかった。
「死にたくなかったら料理は食べるな!!!」
こうして、帝国軍がモンレッドから全面撤退をしたその夜、共和国防衛部隊は夕食抜きを強い
られたのであった。部隊が駐屯する天幕には敵を撃退したにもかかわらず、豪勢な料理を目
の前にしたにもかかわらず空腹に耐えるしかない兵士達が雑魚寝をしていた。一つの天幕に
カンテラの明かりを求めてハンミョウが一匹張り付いるのを哨戒に出かけたエヴェリーナが見
つけた。エヴェリーナにはその顔が笑っているように思えた。
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