仏式葬儀
カーチャ・ボルジア
共和国野戦陣地では、モンレッド第二次会戦中に行方不明になったカオス将軍の殊遇について意見が分かれていた。カオス部隊は帝国軍のカオルィア部隊に戦闘を挑んで壊滅した。カオス将軍の消息がその後掴めないのである。状況からすれば、戦死か捕虜になったのかどちらかであった。帝国将軍カオルィアが捕虜となったことから、カオスの消息を聞きだした後で対処法を決めようという事で落ち着いていたのだが、エヴェリーナがカオルィアを尋問した結果は何も分からなかった。カオルィア部隊もあの時は殆ど壊滅状態であったために、混乱のためカオスの生存を確認していなかったのである。共和国評議委員の中で話し合われた結果、カオス将軍は戦死したという結論に達した。早速、葬儀の準備が執り行われることとなった。
「しかし、あのようなスケコマシでも死んでしまえば、寂しいものね。」
「エヴェリーナさんが寂しがるかもしれませんね・・・。」
「アメラちゃん、棺の準備をしてくれる?遺体が見つからないので、戦時中の恒例で石を一つ入れる事にしましょう。後はカオスの好きだったものを。」
「カオスくんが好きだったものですねぇ。」
テキパキとアメラはエヴェリーナの肖像画、荒縄、好色本などをかき集めてきた。
「しかし、あの世にエロ本を持って旅立つ奴も珍しいね。葬儀はどの教義でやりましょうか? 共和国はカトリックだけど、ゲイルのようにイスラム教の信者もいるし、個人の信仰に合わせてやらないと可愛そうよね。」
「ゲイルくん本人はアラブ人ではないと主張してるのだけど・・・ あ、そう言えば、カオスくんは自分が死んだら南無明法蓮華経と唱えてくれと言っていましたよ〜。」
「仏教徒か・・・? ま、本人の意向を尊重しましょうか。まずは幕を張らないといけないわね。仏教だとお通夜と告別式を両方やらないといけないから大変なのよね。まあ、準備しましょう。」
野戦陣地の外には、黒い提灯が飾られ弔問客用の塩、香典入れが用意された。遺体がないので代わりに棺おけが置かれ、周りは花束、果物で飾られる。将軍、副官は黒い衣装に着替えて、お通夜の準備は整えられた。カオルィアの拷問に使った蝋燭がそのまま棺おけの上に灯されているのはご愛嬌である。戦場である以上はそれほど物資が豊富であるはずがない。お線香も無かったので、適当な雑草を燃やせて代用した。煙たいと苦情も出たが、故人を送る為だと納得してもらう。埋葬許可はモンレッドの村の墓地からもらった。棺おけだけの埋葬もおかしな話であるが、これも故人のためなのである。しかし、問題が発生した。お経をあげる僧がモンレッドにはいないのである。そもそもカトリック国のガルデス共和国に仏教の僧などがいるはずがないのであった。
「カーチャ様、カルスケートのドラゴン修道院に法華経を唱えられる僧がいるそうです。ですけど、あそこから人は呼びたくないです。」
「も・・もし、ベ・・ベンケーが来たらどうするの!? はんたい! 絶対反対!!」
アメリアとアメラがドラゴンからの招待には強く反対する。もっともな反論であった。
「また坊主に悩まされるのかぁ。吊り橋のまぬけな僧侶の霊を連れて来るという手もあるけど、あれも遠慮したいわね・・・」
そんな時に一人の袈裟をまとった東洋の僧侶が野戦陣地を訪れた。顔には深い切り傷があり、額には絆創膏は貼られている。戦場を渡り歩いてきた僧であるらしい。
「拙者はブラック・写楽と申す。仏式の葬儀を執り行っているものとお見受けし申した。微力ながらも力を貸したいと思いて、参上しかまつった。」
妙な尊譲語で語る僧侶ではあるが、お経くらいは唱えられそうである。これで葬儀が行える。早速、お通夜の読経を頼むことになった。
いざお通夜は始まれば、さすがは本職の僧侶である。禅宗の経を幾つかと、評議委員からリクエストのあった法華経をバリトンの良く効いた音色で唱えあげてしまった。これにはカーチャを始めとした葬儀の実行委員も感心するしかない。
無事にお通夜が終わり、別室でお茶を飲んでもらい、お礼を渡すことになった。
「写楽様、今日はありがとうございました。お礼の金子をお渡ししたいと思います。相場が分かりませんので、如何ほどお包みしたら宜しいのか、遠慮なくおっしゃって下さい。」
「拙者は仏に仕える身なので、本来は銭金などは受け取れぬ。だが、拙者といえども食わなくてはいけないので、不躾ながら礼金を頂戴いたしとうござる。お通夜の読経料として50,000ゴールドで如何であろうか?」
「えっ! 50,000・・・ 本当に不躾・・・」
「なお、葬儀の読経とはこれで終わりというものではない。明日の告別式の経が100,000ゴールド、納骨の時の経が30,000ゴールド。」
「な、何だって・・・ 部隊の金庫が空になるわよ。」
「まあまあ、カーチャ様。故人のためですから。」
「最近は初七日の法要も告別式の後にするもの。その読経代が20,000ゴールド。」
「カーチャ様、やっぱりカオスは無縁仏にしましょう。」
「それじゃあ、カオスくんのお墓は木にした方がまだマシです!!」
「なお、葬儀の後には僧侶を酒肴でもてなすもの。その費用は実費。」
「カーチャさん、やっぱり無縁仏にしましょうよ・・・。」
「そうだな。スケコマシ一人のために軍の戦費が底をついては困るし・・・」
アメリアとアメラも同意して、なんと葬儀はお通夜だけで済まされる事になった。
「生前の行いが悪いと、死んでからも粗末に扱われるものよね。ギャーテーギャテーハラソーギャテーくらいは覚えたから、そこだけ繰り返してアタシが読経しようかしら・・・」
「それは無茶でござる。ところで、お通夜の読経代50,000ゴールドのみは頂戴致しまする。」
「アナタ、本当に仏に仕える身? 足元を見過ぎだよ!」
「如何にも仏に仕える身。だからこそ、戦場で供養をしているのでござる。」
「物は言い様だわね・・・ ベンケーといい、吊り橋の幽霊といい、東洋の僧侶はどうしてこんなのばかりなのかしら。」
50,000ゴールドの小切手は結局のところ、ブラック・写楽へ渡された。かなりの大金ではあるが、共和国軍の将軍なのだから仕方ないと判断されたのである。意気揚揚と立ち去る写楽を見送った時である。天幕の影から小さな影が現れた。
「あの〜、お取り込み中に申しわけないんすけど、帰ってきました。オレ、戦場で取り残されている所をモリス部隊の斥候に発見されて拉致されてて・・・・ついさっき、カオルィア将軍との捕虜交換で帰ってきました。もーちょっと早く戻れたら良かったんすけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・5・・50,000ゴールド払えぇーーーー!!!!!」
無傷で帰ってきたはずのカオスであったが、何故か翌日の勤務に出てきたその姿は傷だらけであった。
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