傭兵時代
グレイアス
「作戦に変更は無しだ。準備は良いか?」
「おおおおぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」
合戦が始まる…。
俺が傭兵部隊の副長を任されてから半年が経つ。
これまでにも何度か小競り合いはしてきたが、これほど大きいのは久方ぶりだ。
鬨の声をあげて両軍がまさに激突せんとする。
互いが互いを飲みこまんと気を高めた一瞬、隠れていた部隊が、敵の後方から盛大に矢を射掛ける。
「伏兵かっ!?」
敵の突進が鈍ったところを突いて、こちらの軍勢が包みこむように左右に別れる。
「くっ! そのまま突っ切れ!!」
当然の命令だろう。元々目前の相手と遣り合うように組んだ陣形なのだ。
槍兵、弓兵、歩兵、騎兵、それぞれを効果的に配置しており、前方へはある程度柔軟に対応できるが、伏兵が現れたからと言って、急に後ろを向くような事は出来ない。
ましてや、相手が左右に別れたからと言って、全方向に対応しようなどとは無理な話だ。
しかし…
「うおぉっ!?」
「なにっ??」
「ぐわっ!!!!」
そのまま、突き進むはずの前衛が奇声を上げて躓き、転び、倒れていく。
そう。俺達の部隊は昨夜のうちに仕掛けておいた罠地帯の直前で左右に展開したのだ。
勢いのついた軍勢は簡単には止まらない。膝ほどの落とし穴やロープに掛かった連中を押し潰し、将棋倒しになっていく。
「弓隊、放てっ!」
崩れた陣形に向かって、盛大に矢の雨を馳走してやる。
敵兵が次々に矢襖に変わっていく。
しかし、その後で陣形が整い始めている。
逆を言えばまだ整ってはいないのだ。
だが、それを待つ気はサラサラない。
「合図の鐘を鳴らせ! 『北』だ!」
戦場に鐘の音が響くと同じに南に回った部隊が包囲を広げる。
やや距離を置いたところで、北の部隊が一斉に火矢を放つ。
その一本が落とし穴に落ちた時、盛大に火の手があがった。
穴の底に入れておいた油に引火したのだ。
眼前に現れた火の壁に怯む敵陣。
その壁の中に、もがき苦しむ影がある。
のた打ち回りながらも力尽き、倒れていく人影達。
そして、巻き上がる火の粉と共に地から天へと噴き上がる怨嗟の声。
生きながら焼かれる苦しみと怒りと恨みを飲みこんだ地獄への呼び声。
動揺が整いつつある陣を乱す。
「続け!!」
浮き足立った敵に切り込んで行く。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「副長、今日の報告です」
今回の戦は大勝利だった。
俺達が速攻で敵を崩したので、相手に動揺が広まったのだ。
明日の作戦の為に本陣を訪れた俺の耳が陰口を捕える。
「卑怯な…」「生きたまま焼くとは悪魔のような…」「勝つ為なら何でもする…」「残虐…」「罠に頼る臆病者…」等など………。
ふん、言いたい奴には言わせておけば良い。
所詮、傭兵なんてもんは勝ってなんぼの存在だ。
そして綺麗事だけで勝てるほど、戦は甘くない。
寝ぼけた戯言に堪えるはずがない。
しかし……
作戦会議の後、部隊に戻った俺は今回の報告を隊長と共に受けた。
「………戦死者は、以上67名です」
700も満たない傭兵隊だ。ほとんどが知った顔と言っても良い。
そんな知り合いの顔がもう見れない事の方が堪える…。
いつも陽気に飲んでいた奴。暇さえあれば武具の手入れをしていた奴。朝晩神へのお祈りを欠かさなかった奴…。
もう二度とそいつらのそんな姿を見る事はないのだ…。
「まともに遣り合ったら、何倍も死んでたはずだ。お前の作戦のおかげでこれくらいで済んだんだぜ」
隊長が拳を握り締める俺を慰めようとする。
野営地からは生き延びた仲間の陽気な声が聞こえる。
しかし、俺には聞こえるのだ。
今日の勝利を祝う歌の裏で、失った友を偲ぶ歌が。
死神を退けながらも、その代償に無くした手足を憂い悲しむ声が。
俺はそんな仲間の声を聞かないようにするため足掻く。
俺達は傭兵。
戦い、勝つ事が仕事だ。
死ぬ事は仕事に入っちゃいない。
どれほど卑劣と呼ばれても良い。
俺は仕事を果たす為、今日を足掻く。
そうだ。明日も明後日も、その先もずっと……。
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