大いなる誤解

グレイアス

「ふ〜〜、生き返るな」

 書類整理を午前中で投げ出した俺は傭兵をしていた頃の服に着替えると、息抜きに城下町に抜け出した。

 いつもの食堂で給仕の娘に粉を掛けつつ昼食を取ると、いつものコースで店を覗き、

「物価はそれほど上がっている様子は無いな」

その途中、花屋の娘ノーラ、パン屋の娘クエス、薬屋の娘マナと声を掛けていく。

「よう、ノーラ」
「あ、グレイアス、今日はお花買っていかないの?」
「今日は予定無いからな」
「じゃあ、今度あたしに買ってよ」
「ノーラの店でか? 判った、また今度な」
「絶対だからね」

「クエス、売れ行きはどうだい?」
「あら、今頃顔出したって遅いわ。朝に焼いた分、み〜んな売れちゃったんだから」
「夕方またおいでよ、焼き立ての、用意しておくからさ」
「時間があったら寄るよ」

「やぁ、マナ」
「あら、久しぶりじゃない」
・・・・・・・・・・

 一通りグルリと回って町の中心に戻ってきた頃、俺は何かに躓いてよろめいた。
「ととと……なんだ?」
足元を見ると尻餅をついた、小さい女の子が。小さすぎて目に入らなかったようだ。
子供の年齢はよく判らないが、3〜5歳くらいだろうか?
「ゴメンな。大丈夫かい?」
身を屈めた俺を、女の子はキョトンと見ると、一拍置いて盛大に泣き出した。
「お、おい?」
怖がられてしまったようだ……。周りの俺を見る目が痛い。
しかしこれほど子供が泣いてるのに、親らしいのが現れない…。
(困った…)
子供をあやすのは苦手だ。しかし、泣いているのをそのままにしておくわけにも…いかないんだろうなぁ……。
溜息を一つつくと、俺は近くにあったお菓子の露天商へ女の子を引っ張った。
(とりあえず……物で釣る)

…幸いにも(?)女の子は両手一杯のお菓子で泣き止んでくれた。
今は嬉しそうに飴を頬張っている。
衛士の詰め所への道すがら聞いたとこによると、この女の子、クーナちゃんは、母親と買い物に来て、はぐれてしまったそうだ。
 家を尋ねても埒があかなかったので、俺はこの子を衛士に預ける事にした。
(……ルーちゃんちの隣と言われても、判らんって…………)

「迷子を連れてきたんだが、子供を捜してる母親、来たかい?」
詰め所に着くなり、そう尋ねてみたが返答は芳しくなかった。
それどころか、
「お嬢ちゃんは何処から来たのかな?」
と尋ねる若い衛士から逃げるように俺の後に隠れてしまった。
「……」
軽装とは言え、鎧を纏い、剣を帯びてるのが怖いのだろうか?
衛士の困ったような視線を受けるが、そんな目で見られてもどうしようもない。
「どうしましょ…って、グレイアス将軍!?」
(げ…ばれた……)
サボリがばれるのはまずい。
(……殺るか?)
危険な考えが一瞬頭をよぎる。
しかし……
(人目が多すぎるな…)
全員の口封じは難しいと判断した俺は逃亡に走る。
「じゃ、じゃあ後は頼んだ」
そそくさと逃げようとする俺の足を何かが引っ張る。
「…?」
見ると女の子が泣きそうな顔をして俺のズボンを引っ張っている。
「…いや、ここで待ってたらお母さんに会えるからな」
「…」
ぷるぷると首を振ってギュッと足にしがみつかれた。
「……あ〜〜…」
今度は俺が困った視線をさっきの衛士に送る番だった。
「…懐かれちゃいましたね」
「はぁ…俺も一緒に待ってれば良いんだろ?」
諦めと共に言うと、意外な事にまた首を振られた。
「?」
「…ここはいや…」
小さな声で呟く。
そう言われて俺は改めて詰め所の中を見回した。
石作りの壁には剣や盾が掛けてあるし、隅の方には長物が立て掛けてある。
鎧を着た男達が何人も歩き回り、時には慌しく出入りする。
………まぁ、男の子だったら剣とか喜ぶかも知れんが、女の子じゃあなぁ………。
(女の子が喜びそうなのは………)
「おい。この先に人形を売ってる店があったな?」
「えぇ、キムんとこですよね?」
「あそこか、その斜向かいにあるオルゴールの店にいるから」
「は?」
「母親来たら案内してやってくれ」
「え?」
呆然としている衛士を残して、俺は女の子を連れて詰め所を出た。

「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
綺麗な調べを奏でながら踊る人形を見て、少女が歓声を上げている。
確かにからくりの巧妙さには目を見張る物がある。
人形屋を覗いて、こっちに来てからすでに1時間…。
店内も一通りどころか三通りもしてる。
もっとも、女の子の方は俺と違って飽きが来て無いようだが…。

…結局女の子の母親が来たのはそれから1時間も後だった……。

母親と手を繋いで歩き去る女の子。
時々振り返ってこっちに手を振ってくるので、俺も手を振ってやる。

二人の姿が見えなくなったところで、俺も背を向ける……と同時に誰かとぶつかった…。
(今日はよくぶつかる…)
今度の相手は婆さんだった…。
転んだ時にばら撒いたのか、梨やら林檎やらが散乱している。
「あ、婆さん、悪かったな…」
立ちあがるのに手を貸してやり、散らばった荷物を拾い集める。
集めた荷物を抱えると結構重い。
「どうもすいませんねぇ…」
「いや、こっちこそ転ばせちまって悪かったな。侘びと言っちゃなんだが、この荷物、俺が持ってやるよ」
「いえいえ、そこまでして頂くわけには……」
「良いって。年寄りには結構酷だろ? この荷物は」
「すいませんねぇ…」
最後には婆さんが折れ、俺は荷物を抱えて婆さんの後をついていった。
荷物を届けた俺は、茶をご馳走になってから、町へ戻った。
(あの婆さんの話、凄く長くなりそうだったからなぁ……)
一人暮らしが淋しいのか、やたらと話しかけられたのだ。
おかげで、もう日も暮れかかってる。
「さて、今日はあの店にでも行くか」
そう一人呟くと、俺は夜の賑わいを見せ始めた町を歩き出した。

…次の日…

「なんじゃこらぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!?」

朝届けられた軍の広報誌を広げた俺は、一目見るなり絶叫していた。
「広報責任者は何処だ!」
荒々しく部屋を飛び出していく。

…残された広報誌の見出しにはこう書いてあった…。

グレイアス将軍の守備範囲は広大!?
下は幼女から、上は老婆までか!?

 ………(合掌)

(2002.09.24)


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