敗走前夜

キロール・シャルンホスト

「おーい、キロ〜!!」
帝国軍の猛攻を受けている共和国第10部隊の陣地に響く甲高い声。
よもや、それがこの部隊の指揮官に対する呼び声だと初めて聞いた者では気付くまい。
「おや・・・お嬢のお出ましのようですな」
近場の兵に指示を出している男に、老兵が声を掛ける。
「・・・遅い・・・・」
男はボソッと呟くように返す。
この陰気な男こそ、この部隊の指揮官キロール・シャルンホストである。
「何だよ、キロ!!遅いは無いだろう!こっちは必死だったんだからさァ・・・」
先程、陣に声を響かせたと思われる流れるような黒い髪を持つの女性仕官が
やって来て早々口を尖らせてキロールに食って掛かる。
「・・・どうでも良いが、物資は運んできたんだろうな?」
「あったりまえだろぉ〜、あたしを誰だと思ってるん?」
「・・・補給担当官・・・」
キロールの反応は素っ気ない。
「そりゃないだろう・・・とは言いたいけど・・・悪い、遅れた」
周囲の状況は見やるまでもない。
4割の兵が既に戦力外になっているのだ。
戦う前に届けられるべき補給物資だ。
無理な行程ではあったが、間に合わせるのが彼女の仕事・・・。
「・・・いや、山賊が出る中良く来た・・・・」
労わるでもなく、不平を告げる訳でもなくキロールは、ただそう告げて歩き出す。
「将軍、どちらに?」
老兵が問うと次の一言が帰ってきた。
「物資も届いたことだしな・・・防具を変える」
老兵は笑みを浮かべて
「流石は帝国の精鋭・・・その鎧では次の作戦には耐えられませんかな?」
と見送った。

 その場には、老兵とお嬢と呼ばれる補給担当の士官のみが残った。
「・・・なぁ、バロス爺さん」
「なんですかな、お嬢」
「・・・・次の作戦って?」
「うちの大将の得意芸・・・って奴ですな」
「・・・・そっか」
つかの間の沈黙の後
「・・・何処まで行くんだい、あんたらはさ・・・」
「わしは、ただ将軍に従うのみですわ・・・影の如く」
飄々と老兵は笑い
「リディアやリックにもお嬢が来たと告げねばなりませんな」
と歩き出す。
「まいったなぁ・・・・とてもじゃないが、その境地には立てないよ」
その場に暫く残っていた女性士官は頭をわしゃわしゃと掻いて呟いた。


帝国軍第二部隊に指揮官自ら陣頭に立ち強襲を掛けるもキロールは
負傷し部隊は壊滅したと言う報が黒髪の女性士官の元に届くのは、まだ数日の猶予があった。
<了>

(2002.09.24)


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