旧き夢

キロール・シャルンホスト

帝国の宿将が指揮する帝国軍第2騎士団との戦闘が始まって、どれほどの時間が流れたのか。
共和国第10部隊指揮官キロール・シャルンホストは自ら前線に出て剣を振るっていた。
何人斬ったのか、何回武器を変えたのか・・・・それも定かではなりつつあった。
四方より自分を狙ってくる騎兵の攻撃を、受け流し、避け、
どうにか反撃を続けていたキロールだが、その動きに疲労の色は隠せない。
敵兵たちが自分を集中的に狙いだした時点で退くべきだったのだろう。
だが、キロールにはそれが出来なかった・・・・・
退く事を恐れたのかもしれない。
退却にも勇気は必要なのだから。
そんな事を考えつつキロールはまた一人敵兵を落馬させたが、
その拍子にバランスを崩してしまった。
「ぐっ・・・」
よろけたキロールが体勢を整えようとした時、体を灼熱が貫いた。
先程落馬した兵士の槍が、キロールを貫いたのだ。
「・・・・ごふっ」
途端に、こみ上げて来る熱いモノ。
こぶし大の血液を口内から吐き出しつつ、キロールはツインソードを棍のように振り回した。
2,3人を切り裂く手応えを感じつつキロールの意識は闇に飲まれていった。

『流転』

深い闇の中に聞こえてくるのは雨音と焚き火の燃える音。
何処とも知れぬ僻地の洞窟でキロールは目を覚ました。
「・・・ツイてない・・・」
士官学校を出て2年、山賊相手とは言え漸く大きな作戦に参加できたというのに・・・
「起きて早々それかよ」
キロールの向かいに座っていた兵士がそう声を掛けてきた。
「・・・・グラハドか・・・・」
「・・・失敬な奴だな・・・」
互いにそう言って笑う。
「しかし・・・この雨まだ降ってるのだな・・・もう2日か・・・」
「ああ・・・食料も少なくなってきたし・・・・何より女っ気が無いのが痛い」
真面目な顔で言い切るグラハドを身を起こしながら見やりキロール苦笑する。
共和国軍がこの地帯の山賊討伐を行う為に派兵した途端の大雨。
悪天候の中の行軍は幾人もの脱落者を生んだ。
今、ここにいる二人もそうだった。

『流転』

「将軍!!」
「大将!!」
キロールは空を切り裂く絶叫に目を覚ます。
「将軍を守れ!!!」
良く知った男の声が響く・・・・リックか・・・。
そんな事を考え何時の間にか片膝をついていたキロールは身を起こした。
途端に、また片膝をつく・・・・余程ダメージを受けたらしい・・・・
いや、痛む個所が増えている所を考えると無防備な間に攻撃を受けたのかもしれない。
「リック!! 敵の馬を奪え!! 馬に乗って将軍を連れて逃げろ!」
「爺さん、あんたじゃ支えきれないよ!」
バロスとリディアの声も聞こえる・・・・・何を焦っているのか・・・・
戦は、勝つこともあれば、負ける事もある・・・ただそれだけなのに。
そう考えたキロールは再び意識を失った。

『流転』

「・・・すまねぇな、お前と一緒に戦うことはできなさそうだ」
悪天候のせいで部隊とはぐれた2人の兵士。
雨がやんだので現在地の調査を行うべく二手に分かれていたのだ。
情報交換の為に再び洞窟で落ち合うことになっていた二人の兵士だったが
約束の時間になってもグラハドは姿を見せない。
(・・・・おかしい・・・)
キロールがそう考えていた矢先、今の言葉が響いたのだ。
声の主が、血に塗れた姿で洞窟の入り口に立っていた。
その背には、焦燥しきった黒髪の少女を背負って。
「グラハド!」
キロールは、戦友の姿に驚愕の声を上げた。
「・・・どんぴしゃだぜ・・・ここが今回の作戦目的地だったようだ」
グラハドは軽く笑みを浮かべて少女を降ろす。
14,5の少女の体には陵辱の跡が禍々しく残っている。
「10人相手は・・・ちと、骨が折れた」
そう言ってグラハドは壁にもたれかかる。
「・・・・気をしっかりもて・・・・」
キロールの言葉は空しく響くのみ。
「いや・・・・どうも、この子託せる奴に出会ったらよォ・・・・・・・」
ズルズルと座り込むグラハド。
「・・・・わりぃな・・・戦場で共に暴れ回ろうって言っていたのにな・・・」
キロールに告げて、グラハドはもたれかかって寝ている少女の頭を撫ぜる。
キロールに言葉は無かった。
ここに気高い兵士がいる。
キロールはそう思っただけで、涙があふれ出るのを止めることは出来なかった。
「・・・泣くんじゃねぇよ・・・・なあ・・・キロール・・兵士の高みって何なんだろうな」
「守ることなのかな、奪うことなのかな・・・・・・どうも、良くわからねぇんだ」
「・・・・・・何も見えなくなってきちまった・・・・まいったな・・・・」
「・・・・・・・・お前・・なら・・・答えを・・・・・・・・」
それが、キロールが親友と呼んだ男の最後の言葉だった。

『流転』

キロールが目を覚ますと、簡素だが綺麗な部屋に一人寝かされていた。
全体的に白いと言う印象を受ける部屋の窓際には、花瓶に花が飾られている。
「・・・・生き残ったか」
キロールは低く呟いて、再び目を閉じた。
夢を見るためにではなく、次の戦に備える為に。
友の問いに、キロールは未だに答えを出せないのだから。

(2002.09.25)


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