死闘の行方
キロール・シャルンホスト
キロール・シャルンホストが目を覚ますと周囲から歓声が上がった。
聞きなれぬ声・・・・
不思議に思い状態を起こそうとすると慌てた何者かに制止された。
(・・・・軍属の者ではないな・・・)
野戦病院でもないこの場所を確かめるべく、どうにも距離感のつかめぬ視界で辺りを見やる。
・・・質素な部屋だった。
「軍人さん、無理しちゃいかん」
老人に諌められ、仕方なく横になりキロールは問うた。
「ここは・・・?」
「ああ、ここはモンレッド集落の村の一つじゃよ」
(・・・ふむ・・・・)
「お前さんの部下とか言う若い兵士がの、手当てを頼むと転がり込んできたんじゃよ」
「・・・・迷惑をかける」
「何を言うかね、軍人さんや。このくらいしかわし等にできる事は無いからのぉ」
老人がそう言うと部屋にいた皆が口々に同意を示した。
(・・・・・カオスのご利益だな・・・)
帝国の暴徒を倒した共和国兵士・・・そんな噂が流れているのだろう。
共和国のカオス将軍が村を襲った帝国の兵士を駆逐した事は
国を結束させるには格好の宣伝材料だ、使わない手は無いだろう・・・。
そんなことを思いながらキロールは苦笑して
「すまんが、もう一眠りさせてもらえるかな?」
そう言って目を閉じた・・・・
暗闇の中に浮かぶ物、それは安息ではなく先日までの苛烈な戦闘だった・・・
「常に前線に立つとは良い度胸だ・・・・」
もう何度目かの激突を繰り返している共和国第10部隊と帝国第19部隊。
その度に前線に立っている帝国の若き将ユーディス・ロンドをキロールはそう評した。
一騎打ちの後に大事を取って後方からの指揮に回った自分と違い、若い将は果敢に攻める。
「おかげで随分苦しめられている」
苦笑い。
遅ればせながら自分も陣頭に立ったが、もうあとの祭りだ。
このままでは、戦線の崩壊が目に見えていた。
「ならば・・・」
そう呟き、矢継ぎ早に指示を出しキロールは動き出した。
一方、ユーディスは意外なことの成り行きに胸を高鳴らせていた。
「共和国戦線崩壊をはじめています!」
当初優勢だった帝国側だが、徐々に拮抗状態に持ってこられていた。
(凄く嫌な流れだ・・・このままじゃ、まずい・・・)
ユーディスがそう考え頭を悩ませていた所に届いた報告。
これは好機とばかりにユーディスは残り少ない全軍に突撃命令を発した。
だが、彼は忘れていた。
情報は常に正しい物ばかりではなく、故意に流される物もあるのだと・・・・
正面の共和国兵士達は帝国騎兵のチャージの前に倒れていく。
共和国兵士の倒れ行くその様は、あまりにも脆く・・・むしろ作為的ですらあった。
好機と思い攻勢を命じたユーディスも何かがおかしいと感じていた。
だが、一度発した命令を止めるほどの根拠とはなり得ない。
それに・・・本当に好機だった場合、ここで止めるのはチャンスをフイにすることになる。
(・・・それだけは絶対に・・・)
心中でそう呟くユーディスだが、すぐにその事を後悔する事になる。
「後方に敵っ!!」
その声と同時に帝国騎兵の進行方向に槍で作られた簡易の馬防柵が現れる。
「しまった、罠か!!」
誰かの声が響き、馬の嘶きと人の悲鳴が辺りを覆う。
「Legion部隊!! 前進して燼殺しろ!!」
聞きなれた死神の号令。
後方から迫り来る7,80の歩兵の一団が一糸乱れぬ動きを見せる。
槍を構え、鎧を陽光に反射させて・・・旧い軍隊用語のLegionの言葉どおり迫ってくる。
だが、帝国兵たちには違う意味をほうふつしたかも知れない。
「Lgion」すなわち、悪霊と・・・
その悪霊の群の先頭に立つのが死神・・・キロール・シャルンホストだ。
「くそ!!」
手綱を引いて背後を向いた帝国兵に馬防柵の向こう側から数十の矢が飛ぶ。
矢に射抜かれ落馬する兵士を横目にユーディスは懸命に頭を働かせた。
(こんな所で死ねるか・・・・こんな所で!!)
それから更に1刻が過ぎた。
多くの兵士が倒れ、戦闘が収束に向かっている中二人の将は出会った。
帝国のユーディス・ロンドと共和国のキロール・シャルンホスト。
乱戦の中二人は再び刃を交わす。
10合と打ち合う前にユーディスは落馬して背中を強打した。
それと同時に2本の剣を柄の部分で固定し槍状にした武器を持つキロールが
棍でも振るうかのようにユーディスの首を目掛けて振るう。
慌てて剣で受け止めるユーディスだが・・・剣をその拍子に弾き飛ばされてしまった。
「・・・・運が無かったな、小僧」
低い声がユーディスの耳に届いた。
声を発した目の前の敵将は、ユーディスの返答を待たずに武器を振るう。
「うおおおおおおおおお」
思わず目を閉じたユーディスの耳に誰かの絶叫が響き・・・・・
ユーディスは暖かい液体を全身にぶちまけられた。
恐る恐る目を開けたユーディスが見た物は・・・
首の無い帝国兵と右目に刺さった槍を引き抜くキロール・シャルンホストの姿だった。
「・・・・良い・・・部下を持った・・・これ以上は無理か・・・次を待て!」
キロールは、そう苦しげに告げると瞬時に飛び退り
「動ける者は退け!!!」
と声を張り裂けんばかりに絶叫した。
キロールが、再度目を覚ますとよく聞き知っている連中の声が聞こえた。
「大将、また生き残ったな」
「・・・右目が代償だがね」
陰気に答えたキロールは、弟になんと言うかと一人思案し嘆息した。
<了>
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