残せし者への祈り
キロール・シャルンホスト
ガルデス共和国首都、ガイ・アヴェリにある孤児院に一人の男が訪れた。
その男は時折訪れては、一人の少女に会って帰る。
今回も男は少女に会いに来た。
談話室に通された男は少女が来るのを静かに待つ。
男は毎度思うことがある。
何を話すべきか、何を話そうか。
だが、今回はそれ以上に重要な問題があった。
この右目の事をどう言い繕うか・・・・
言い繕えるとは男は思っていなかったが、それでも懸命に考えた。
談話室に入ってきた少女は以前よりも背が伸びていた。
「幾つになった?」
入ってきた少女ににこりともせずに男は問い掛けた。
少女は無言で指を9本立てて微笑む。
「九つか・・・大きくなったな」
そう言って男は手招きをする。
テクテクと少女は男の元にやって来て服の裾を掴んだ。
まるで、何処にも行くなとでも言うかのように。
男はそれを咎めず少女の頭を撫ぜる。
少女が笑みを浮かべて男の顔に視線を向けると、その笑みはすぐに消えた。
男の閉じられた右目を縦に走る生々しい傷痕に気付いたからだろう。
「大した事ではない・・・兵士にとってはな」
男が笑いかけるが、少女は笑わず・・・そっと男の右目に触れる。
「大丈夫だ・・・」
男は再度そう告げて笑いかける。
「・・・・・」
少女は無言で男の顔を見詰める。
「・・・・」
こんな時に思い浮かぶ言葉も無く男は黙って少女を見やる。
どれほど見詰め合っていたのか・・・・
少女が小指を差し出す。
「・・・何を約束すればいい?」
男はそう問い掛けると少女は衣服のポケットから紙とペンを取り出し拙い文字を書く。
文面は「今度は何処も怪我しないで帰ってきてね」とあった。
男は一瞬だけ考えて
「分かった」
とだけ告げた。
男が去った談話室に少女が一人残って居る。
少女には今日の面会に不満があった。
何故なら、男は指切りをしてくれなかったからだ。
何でなんだろうとぼんやりと考えて居ると施設の人間に部屋に戻るよう言われ、少女は戻っていった。
「・・・・・・」
キロール・シャルンホストは自嘲を浮かべて帰路についていた。
嘘でも良いから約束してやれば良い物を・・・
そう思う自分も確かに居る・・・だが。
だが・・・それは出来ないことだった。
それを行ってしまえば、誰がキロール・シャルンホストの・・・
そして、今は亡きグラハド・アーレスの生き様を少女に伝えることが出来ようか・・・
父としてそれだけは出来なかった・・・・。
<了>
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