継承された誓い

キロール・シャルンホスト

暗闇の中で俺は夢を見ていた・・・旧い夢を。

初めて、キロール・シャルンホストに会ったのは・・・10年前か。
俺は近所のガキどもを引き連れて盗みやら、恐喝やらを繰り返していた。
度を越した悪ガキ共に近隣の大人達ですら辟易していた。
そんな時だ、2人の兵士が俺たちの前に現れたのは。
簡単だと思った。
相手は2人、俺たちは20人近かったから。
揶揄や挑発をしながら、俺は仲間たちに指示をした。
計画は上手く行く筈だったが・・・・
目の前の兵士2人はジャンケンをしはじめた。
そして、負けた方・・・陰気そうな兵士が一瞬天を仰いだかと思った瞬間に俺は吹き飛んだ。
とてつもなく早い踏み込みと右ストレート。
今なら踏ん張れたろうが、当時のガキの体じゃそりゃ無理だ。
吹っ飛んで倒れた俺の喉につま先が置かれた。
・・・陰気そうな兵士の物だ。
兵士は仲間たちを睨みつけて言った。
「抵抗すると・・・死ぬぞ、コイツ」
ガキ相手でも容赦も何もねぇ・・・今思うとやはり笑っちまう。
お察しの通り、この陰気な兵士がキロール・シャルンホストだ。

あの後、仲間の殆どが家に帰された。
身寄りの無い奴等は孤児院行きだった。
俺は身寄りは無かったが、孤児院に入った連中の為に金を稼げと例の兵士に首根っこ掴まれ
半ば無理やり軍人にされた。
当初はやる気なんて無かったが、軍は水が合ったのか何時の間にかのめり込んでいた。
上官は常に例の兵士、キロール・シャルンホストだ。
最初の1年はぶつかり合ってばかりいた。
結果は73戦中72敗1分け、散々だった。
だが、それも当然だった、経験ある兵士であり士官学校も出ている男と
そこ等のごろつきではレベルが違う。
それを悟ってからは、やりたくねぇけど勉強を頑張った物だ。

軍人になって5年も過ぎた辺りか、俺の日課は大将の・・・キロール・シャルンホストの自室に
上がり込んで本を読む事だった。
意外な事に、大将は読書家と言う側面があった。
部屋の本棚には兵法書、古い戯曲、政治の本、経済の本、各国の将帥一覧等が収められていた。
俺は適当に本を選び読み出す。
女っ気の無い部屋で本を読む日課、我ながら根暗だと思うが・・・充実していた。
大将の本を読んでいて不思議に思った物がある。
各国の将帥一覧の最新版・・・開戦直前の版だったか・・・
帝国の将帥に赤丸がついていた。
ざっと見て、指揮能力が高い連中ばかりだった。
『帝国の宿将』モリス・D・カーライルを筆頭に
『紅い死神』バーネット=L・クルサード、『隻腕の猛将』ベルンハルト・フォン・ルーデル
『見た目重傷』アオヌマシズマや、『奴隷将軍』フォルクスと言った名将の名にチェックが入っていた。
やる気だな・・・大将。
そう苦笑してパラパラと読み進めると一人の内政官の名にもチェックが入っていた。
『プラチナの悪魔』ソフィア・マドリガーレ。
確かに有名だ。
だが、決してキロール・シャルンホストが興味を示す対象とも思えない。
俺はそう考えて、クレアの将帥一覧も見た。
『白の将』白峰 渚、『千騎長』永倉 光成、『メイド萌え』『蒼き凍嵐の魔術師』コマ・スペルンギルド・・
やはり部隊指揮に定評があるものばかりだ。
・・・何か気になる表記もあったが気にしても仕方ないので却下。
ただ、内政官や謀略の徒については何のチェックも入っていない。
内政を軽んじているわけではないだろう。
軽んじているなら政治の本なんて持つわけが無い。
興味の対象が単純に偏っているだけだろう。
では、何故プラチナの悪魔の名にチェックが入っているのだろうか・・・・・・

俺はそこで突如目を覚ました。
突き抜けるような青い空が目に飛び込んだ。
体が重く感じる。
「ああ・・・第2騎士団と・・・」
帝国第2騎士団と戦い共和国第10部隊Legionは全滅。
少なからず足止めにはなったのだろうか・・・
身動ぎをすると声をかけらた。
「気付いたか、リック」
バロス爺さんか・・・
「ああ・・・ドジ踏んじまったようだけどな」
そう言って身を起こそうとする・・やたら体が重い?
「・・・あまり動かんでくれ・・・老骨には耐えられんよ」
何言ってんだ?
ふと視線を自分の体に向けると・・・覆いかぶさるように共和国の兵士が倒れこんでいる
背中には槍が突き刺さって。
「ま、まさか、爺さん、あんた!」
「騒ぐな・・・帝国がまだ敗残兵狩りを行っているかも知れん」
「な、何で・・?」
俺はそれだけ漸く呟いた。
まるで、俺を庇ったかのような情景だ。
何があったんだ?
「わしは・・・・もうすぐ息子の元に逝く・・・だから・・・将軍を頼む」
「・・・爺さん、息子が居たのか?」
話題を逸らすかのように俺は問いかけた。
「・・・もう、8年・・いや、9年になるか・・・その時に死んだがな」
9年前・・・?爺さんが大将の部下になった時期だ・・・そして。
「グラハド・アーレス・・・・か?」
10年前に悪ガキをぶちのめしに来た兵士の片割れが死んだ時期。
「・・・ああ・・・・そうだ」
そう呟いた後、バロス爺さんは激しく咳き込んだ。
「リック・ベルクレス中隊長・・・後を・・・将軍を・・・・」
それがバロス・アーレスの今際の言葉だった。
俺の返事はただ一つだ。
「任せな、バロス爺さん・・・・」
俺は夜になるまで死体に囲まれて過ごし、戦場を脱出した。
キロール・シャルンホストを探そうなんて思わなかった。
あの男なら、この程度の戦争で満足するはずが無い。
ならば・・・必ず生きている。
それだけを支えにガイ・アヴェリへと俺は走った。

(2002.10.25)


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