喪失の果てに
キロール・シャルンホスト
<現在> 「帝国第三騎士団・・・2キロ先の草原を失踪して真っ直ぐ我が陣に!!」 斥候に出ていた兵士が共和国第10部隊の陣に駆け込んでくる。 「総員・・・密集隊形を取れ」 共和国第10部隊の指揮官は静かに告げた。 その声には、覇気がなく・・・何処か虚ろな響きがあった。
<過去> 「リセル・アーレスの様態が急変した」 今より3期前のこと、部隊の編成にあたっていたキロール・シャルンホストに伝えられた言葉。 それは、死した親友の娘であり、彼の娘でもある少女の命が失われる可能性を含んだ言葉だった。 「馬鹿な・・」 彼は、娘に以前あったときの様子を思い出し、微かに呟く。 そして、次の瞬間走り出していた。 娘のいる孤児院へと。
その孤児院は、士官学校を卒業したが、訓練中に片足切断の事故に巻き込まれた男が作った物。 主に戦場で散った兵士の子供を預かっていた。 リセル・アーレスもその一人だった。 キロールは、孤児院の扉を乱暴に開けて、娘の部屋に飛び込んだ。 ・・・娘は、今は眠っていた。 その寝顔を見て、キロールは娘の人生を振り返っていた。
リセル・アーレスの母は、リセルを生むと力尽きたように帰らぬ人になっており、父と赤子であった娘のみが残された家族だった。 だが、その父、グラハド・アーレスも将来を期待されていた兵士だったが、それから直に若くして散った。 少女は天涯孤独となった。 その事すら認識出来ない程幼い歳から。 先天的に喋る事が出来ず、それでもその精神は病む事なく・・9年と言う時を生きてきた。 僅か、9年の人生だと言うのか・・・
「納得できるか・・・・」 微かな呟き。 「これが・・・この娘の人生の全てか?」 静かなうちに秘められた遣る瀬無い怒り。 「・・リセルは、今戦っているのだ・・・邪魔をするな」 孤児院の院長が車椅子に乗って現れて告げた。 「・・・・できる事は何もないか・・・」 「今のお前ではな」 院長は、冷ややかに告げて部屋を出るように指示する。 キロールはそれに従い、娘の部屋を出た。
「負けだな、この戦」 部屋を出たとんに院長は呟く。 「・・・・・」 キロールは答えない。 「・・・・・戦争は、行うならば早期終結が望ましい・・・勝つにしろ、負けるにしろ・・・」 優しき孤児院の院長は、冷徹な軍人の顔に数年ぶりに戻り告げた。 「それを、無駄に防衛し続け、民衆の生活を圧迫する・・・知っているか? 医薬品が軍に流れてしまって民間には中々で回らない現状を?」 車椅子の男は淡々と告げる。 「モンレッド、カルスケートの流通はほぼ壊滅的、経済的にもダメージは計り知れない」 「・・・防衛だけでは、こうなる事は目に見えていた・・・」 「ならば、キロールよ・・・・独断専行・・・やってみてはどうだ? もう・・失う者もあるまい・・あの娘が死んでしまったら」 何処か、メフィストフェレスめいた囁きで車椅子の男、ラルフ・シュリーマンはキロールに告げる。 「お前がそれを勧めるとはな・・・」 そう呟いた後、キロール・シャルンホストは車椅子の男の頬を殴った。 「リセルは・・・死ぬと決まった訳ではない!」 車椅子ごと倒れた、ラルフ・シュリーマンは口元の血を拭い 「医者が呼べるほど裕福ではない!! 薬が手に入るほど人脈も無い!! まして・・まして、グラハドの娘の病は難病だぞ!! 私にどうしろというのだ!!」 血を吐くような叫び。 目の前の男は、ギリギリまで自分の感情を押し殺す男だったとキロールは思い出した。 「・・・本意でないのは分かっている・・・・すまんな」 ラルフに手を差し伸べ車椅子に座らせる。 「・・・・キロール・シャルンホスト・・・お前を繋ぎとめる戒めを断ち切れ・・・」 別れ際にラルフ・シュリーマンが告げた言葉。 それが、キロールの心の中にずっしりと圧し掛かっていた。 そして、モンレッドで陣を維持しつづけるキロールの元にリセル・アーレスの死が報じられたのは1期前のことだった、ラルフ・シュリーマン自害の報と共に・・・・・
<現在> 帝国第三騎士団の猛攻は凄まじく密集隊形の歩兵の部隊を駆逐していく。 騎馬がまさに怒涛のように襲い掛かってくる中、キロール・シャルンホストは奇妙な高揚感を覚えていた。 失いつづけて、全て喪失したかに見えた彼には・・・まだ、残された物が合った。 指揮官としての地位、それに見合う指揮能力、そして、理性、本能をも超越した戦を求める狂気。 狂気、それはそう呼ぶしかない。 彼は狂ったのだろうか・・・静かに、そして激しく。 違うかもしれない・・・だが、そうであろうとなかろうと何も変わらない。 共和国の勇将キロール・シャルンホストの物語は終わりを迎え、 血に塗れた悪鬼キロール・シャルンホストの伝説は今、この戦場より始まるのだから。
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