覗き見
コマ・スペルンギルド
「ふぅ、やっと着いた・・・」
そう言って、僕は額の汗をぬぐう。
ここは帝都ラグライナ。
戦争開始前のわずかな休暇を利用して、僕はこの街を訪れていた。
名目は、『一応』偵察。
戦争では相手の事を知るのは基本中の基本だ。
クレアムーンに潜り込んで早1週間。
僕、コマ・スペルンギルドは、なんとか将軍の地位を獲得する事が出来ていた。
十中八九無理だろうと思っていた将軍職の応募は、
筆記試験を受けただけで軽くパス出来てしまった。
自分の実力? まぐれ? それとも・・・。
ともかくどこの馬の骨とも知れない田舎者をこんな要職につけるなんて、
余程クレアムーンは人材不足なのだろうか。
ふとそんな事が脳裏に浮かぶ。
「っとと。この辺りでいいだろ」
一通り街の地形を確認した僕は、城の近くまでやってきていた。
ある意味、これが今回の最大の目的だ。
城の構造を知っておくのとそうでないのとでは、攻城戦の時大違いである。
もっとも、そんな事態はまだまだ遠い未来の事だろうが。
「さて」
パチン
適当な位置についた僕は、そう言って指を鳴らす。
すると魔力が大気中の水分を凝結させ、瞬時に氷のレンズを作った。
即席の望遠鏡と言うわけだ。
空中に現れた掌大のそれを、城に向かってかざす。
お〜お〜、見える見える。
城の構造がバッチリ丸分かりだ。
僕は手早く城の様子を観察し、頭の中に叩き込んでいく。
筆記などは一切しない。
万が一にも捕まったり尋問を受けたりした場合、
それらが自分の目的を証明する証拠となってしまうからだ。
ブツブツと独り言を言いながら城の様子に目を走らせる事約3分、
僕は大体の情報を記憶していた。
と。
「んっ? ・・・はぐぁッ!?」
僕の目に、とてつもない光景が飛び込んできた。
偶然覗き見た一室にいたのは、一人の少女。
どうやら部屋の中にいる別の誰かと話をしているらしいが、
そんな事はどうでもいい。
自分の体に稲妻が走るのが分かった。
「スッッッッッッッッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ッッッッッゲェ・・・・好みッ(爆)!!」
思わず僕は声に出してしまう。
どこからどう見ても『メイドさん』としか形容しようのないその少女に、
僕のハートはタップアウトだった(?)。
再び少女に視線を注ぐ。
ヤバイ・・・顔を見ただけで胸の鼓動が早くなる・・・。
自分で確認する事は出来ないが、頬なんか真っ赤に染まっている事だろう。
こりゃ重症だな、我ながら・・・。
沸騰しかけの頭で自己分析する。
と、次の瞬間、2つ目の衝撃が僕を襲った!
少女がいきなり崩れ落ちそうになったのだ。
少し危なかったが、近くにあった机に手をついて何とか事なきを得たようである。
どうやら何かに驚いたらしいが、その驚きっぷりがまた何とも言えず可愛らしい。
「・・・惚れた(爆)」
今度はとまどいもなく言葉が口をついて出てきた。
ここまで来ると、ただのバカである。
・・・そう言えば、彼女は一体何に驚いたのだろう?
少女の視線の先にあるものに、僕の視線を移す。
そして僕は、3つめの衝撃を受ける事になった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・ッ!」
思わず嬌声を上げてしまった。
視線の先にいたのは猫だった。
それもただの猫ではない、『カワイイ』猫だ。
ツヤのよさそうな黒い毛、聡明そうな顔つき、
そして主人と思しき少女の膝の上にちょこんと座っている所なんかたまらなくいい。
帝国にはあんな娘と猫がいるのか・・・。
一瞬気が緩んでしまう。
と、そう思った瞬間、自分に視線が突き刺さる兆候を捕らえ、僕は物陰に隠れた。
どうやらその部屋にいた誰かが、こちらの気配に気付いたらしい。
「? 紫苑・・・どうしたの?」
「何か気配を感じたような気がしたんだニャ。でも・・・気のせいだったかニャ?」
「あ・・・、危な・・・」
冷や汗をぬぐいつつ、僕は呟いた。
これ以上ここにいるのは危険だと考え、僕は岐路につこうとする。
それ以前に、このままここにいると悶え死にしかねない。
そうでなくても折角頭に入れた城の構造などの情報が飛びそうだ。
これ以上あの一人と一匹を見られないのは辛いが、また会える可能性もないわけではない。
踵を返し、一言だけ漏らして僕はその場を後にした。
「・・・帝国に寝返ろっかなぁ・・・」
オイオイ・・・。
その一人と一匹が帝国のメイリィと紫苑という名だと分かったのは、この後間もなくの事である。
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