月下に酒を喰らふ
コマ・スペルンギルド
「さーエアード兄さん、まままぐぃーっと」
そう言って、コマ・スペルンギルドは
エアード・ブルーマスターの持つ杯に酒を注ぐ。
「僕の田舎から持ってきたヤツなんスけど、結構いけますぜ?」
「む、そうか・・・」
コマは酒瓶に貼り付けられている「銘酒飼いごろし」
と書かれたラベルを見せつつ笑う。
開戦から1週間も経たないうちに、帝国はシチルに大兵力を派遣してきた。
その数、約12000。いきなり総攻撃の構えだ。
これに対抗すべく、クレアムーン側もすぐに迎撃部隊をシチル方面に派兵。
コマもエアードも、シチル方面に送られた部隊を指揮する将軍なのである。
そしてこの日は、彼らシチル方面軍が目的地に到着した最初の夜だった。
「ん、確かにいけるな」
注がれた酒をぐいと飲み干し、エアードが言う。
「そうっしょ? さぁ、どんどんいってくだされ♪」
コマはそう言うが早いか、間髪入れずに空いたエアードの杯に酒を注ぐ。
注ぎ終わって、エアードが再び杯を口に運ぶのを確認して、
ようやくコマも酒を飲み出す。
「くはー! ウメー! くーっ!」
「ふむ、大地に腰を降ろし、雄大に流れる水面を眼前に、
柔らかな月の光を頭上にして酒を飲む。中々に風流だな」
「お、詩人スねー」
「・・・で? そろそろ本題に入れ」
杯を地面に置き、急にエアードが真面目な顔つきになる。
が、当のコマはきょとんとした表情をしていた。
「は? ・・・あ〜、別に特別用件っつーのはねぇんスよね〜」
そう言ってコマは照れながら鼻の頭をポリポリと掻く。
「ただ、エアードさんいっつも大変そうだから。壷とか罠とかさぁ。
その慰労っつか、そんな感じッス♪」
「ふーん・・・それだけか?」
「それだけッスよ? あれ、なんか変ですかね?」
「いやそんな事はない」
そう言うと、エアードは酒瓶を手にとり、コマの杯に酒を注ぐ。
「あ、コイツはどうも」
軽く会釈し、コマは注がれた酒を一気に飲み干す。
「それじゃあ俺から一つ。戦場で甘い事言ってると・・・死ぬぞ?」
一瞬コマの顔が険しくなる。しかしすぐにまたいつもの調子に戻り、
「えっと、何の事スかね?」
「とぼけるな、もう大体の話は皆知ってるぞ。メイリィ、だったか」
「マ、マジスカ!?」
「お前・・・、あれだけ派手に騒いでれば誰の耳にだって入るぞ・・・?」
「・・・マジで皆知ってます?」
「ああ」
「兵士達も・・・?」
「当然だろう」
「ぐはぁ」
コマはごろんと仰向けに倒れる。
月の柔らかな光がやけに目に染みる気がした。
「・・・やっぱ甘いスかね?」
「甘いな。戦場で惚れた女見つけるなんて事やってたら100%死ぬ。
皆自分の命を守る事で必死、それが戦場だ」
「・・・」
「・・・ま、お前の言いたい事も分からんではないがな」
エアードの言葉を、コマは寝転がったままただじっと聞いていた。
静寂が訪れる。
エアードの酒を飲む音だけが、時たま闇に溶け込んでいった。
と、急にコマがガバっと飛び起きる。
「それでも、何とかしてみますわ♪」
そう言うコマの顔は妙に明るい。
それは自分の道を貫いた末に死ぬことを覚悟したからなのかもしれない。
コマは自分の杯に自分で酒を注ぎ、一気に飲み干す。
「・・・あ、それともう一つ」
「?」
思い出したようにエアードがふと漏らす。
「お前がメイド萌えだとは知らなかったぞ」
ゲフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
口に残っていた酒を思いっきり吹き出すコマ。
「ん? 違うのか?」
「違いますよッ!」
真顔で聞いてくるエアードにコマは思いっきり突っ込む。
と。
ぽむっ
得心がいったかのようにエアードは手を叩きコマの方に向き直って口を開く。
「ああ。じゃあアレか、ロリコンって事か」
がはぁッッッッッッッッ!
「あれ???」
「・・・もう好きにしてください・・・(号泣)」
こうしている間にも夜は更けていく。
クレアムーンと帝国の激突は、すぐ近くに迫っていた。
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