また会う日まで・・・

コマ・スペルンギルド

シチル戦線。
戦闘が開始されて、いや、私がこの街にある部隊の副官として派遣されて、
もう何ヶ月が過ぎたのだろうか。


私達クレア軍は完全に帝国軍の攻勢の前に、撤退を余儀なくされていた。
戦力は互角、あとは地の利を活かせば帝国軍など撃退出来るはずだったが・・・甘かったようだ。
鍛え上げられた帝国将軍の実力を侮っていたのかもしれない。
シチル方面部隊の壊滅は目前といった声まで、部隊の中から聞こえてくるようになる始末。
本国からの援軍が望めない今、私自身も、永くはもたないと思う。
そして今夜の軍議では、ついにシチル放棄論まで出た。
誰あろう、私の直属の上司の口によって。
事態はそこまで逼迫している。
すでに多くの兵が、将が、この街の土へと還っていった。
敵も。味方も。
私もここで朽ち果てるのだろうか・・・。


軍議を終え、自分の天幕に戻り一息つく。
と、すぐに用事を思い出した。
将軍に、軍議が終わって少し休んだら自分の所に来て欲しいと言われていたのだった。
まぁ、これまで通りあまり大した用事ではないのだろうが。
ついでだから、必要だろうと予想される身の回りのものも一緒に持っていく事にする。
何せあんな性格の人だ、日常生活は幾分だらしがない。自分にたしなめられる事もしょっちゅうだ。
そこまで考えて、そんなに長く共にいるのだという事に気がつき、少し不思議な感覚を覚える。
初めて会ってからすでに半年以上か、早いものだ。


「お疲れ様です!」

将軍の天幕に辿り着くと、警護の兵士が敬礼をしてきた。
こちらも無言で敬礼を返す。

「将軍、いらっしゃいました」
「ん、入ってもらってください」

兵士が、私が来た事を将軍に告げる。
天幕の中から穏やかな返事が返ってきた。
私はそれに少し違和感を覚える。
声に元気がないような気がする・・・疲れていらっしゃるのだろうか?


「ああ、すいませんでしたね、疲れてるでしょうに」

中に入り、将軍に挨拶しようとしてまた少し驚く。
いつものおどけた雰囲気とは打って変わって、戦場でも見せないような真面目な表情をしている。
こんな顔を見たのは初めてかもしれない。


「早速本題なんですが」

そう前置きして、将軍は表情を崩さずに話し始めた。

「今日の軍議で、第9部隊は兵士補充のためにクレアに撤退する事に決まりましたよね?
 それで、クレアに戻った時に・・・」

一瞬将軍の言葉が詰まる。
目線を一度脇に外し、一瞬の逡巡の後、再び私を見やって言葉を続けた。

「クレアに戻った時に、あなたには一時待機してもらって、
 神那さんトコの部隊に行って欲しいんです」

!?
それはつまり・・・。

「というのもですね。実はリュッカの方も、
 こっちと同じくらいのっぴきならない状況で、それで・・・」

将軍が説明の言葉を連ねるが、ほとんど私の耳には届いていなかった。
私は何とか先の言葉の真意を読み取ろうと思考を走らせる。
一番簡単な理由付けは、私が足手まといになったから、だ・・・。
しかし出来る事なら、そうあっては欲しくない・・・。
私は必死で他の可能性を模索する。
戦術的には、元々内政向きの神那将軍の補佐をしてくれという事なのだろう。
神那将軍をリュッカ方面に増援に送るなら尚更だ。
しかしそうなれば、シチルはどうなる?
ただでさえ状況は危機的なのだ、指揮の取れる者は一人でも多い方がいいはず。
それなのに・・・?


と、将軍が急に言葉を止め、一つ溜め息をついた。
私が自分の話を聞いていないのに気がついたのだろう。

「あのですね・・・別にあなたが足手まといだから、とかそういう理由じゃないんですよ?」

それなら・・・何故?

「・・・正直、あなたは僕が守りたかった。けど、あなたどころか自分の身さえ守れないかもしれないんです。
 シチルも永くはもたないのは明白です。僕もそのうち、絶望的な戦いに身を置く事になるでしょうな・・・。
 けど、そんなのは僕だけで充分です。あなたまで付き合わせる事はないよ」

今・・・分かった。この人はここで死ぬ覚悟を決めたのだ・・・。

「まぁ将軍職にある間はそんな訳には行かないでしょうけど、
 戦争が終わったら、あなたには普通の女性として幸せに生きて欲しいんですよ。
 だから、こんな所で死んで欲しくないんですわ・・・」

甘い人だ・・・。
将軍が寂しそうな目をして言葉を吐露する様子を見て、私は素直にそう思う。
一緒に死んでくれ、武人としてはその言われた方がいい。今の言葉は逆に屈辱だ。
だが・・・。
一人の人間としては、今の甘さが少しだけ嬉しかった・・・。


「大丈夫、僕だってまだまだ死ねないよ。だから・・・」

将軍が右手を差し出す。

「だから、また会う日まで・・・」
「・・・ハイ・・・・・・」


翌日、蒼翼隊はクレアへと撤退を開始する・・・。

(2002.10.24)


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