心の準備

コマ・スペルンギルド

私の部隊がクレアの一部隊に敗れたその日の夜。
捕虜となった私は、見張りの兵士についてきてくれとだけ言われて、敵方の陣の中を歩いていた。

「メイリィちゃんよ、一つだけ頼みがあるんだが」
「え・・・何ですか?」

その途中、私の見張りをしていたクレア兵のおじさんがそう話し掛けてきた。
そして苦笑混じりに言葉を続ける。

「出来たら・・・呆れないでやってくれな(^^;;;」
「えっ???」

何の事だろう・・・? 全然訳が分からない・・・。
分からないといえば、私に対する扱いもそうだ・・・。
捕虜となったからには拷問を受ける事もある程度覚悟していたのに、拷問どころか拘束すらされていない。
そしてこの手厚い待遇・・・。
私達がエアードさんに対して行った待遇に対するお礼・・・? ・・・まさか。

自分の考えに自分でNOを出す。
そんな風にボンヤリ考えながらしばらく歩いていると、一つの天幕の前で兵士の足が止まった。
見たところ、他の天幕と変わった様子はない。・・・いや、他のものよりも幾分か大きいだろうか。
もしかして、この部隊の司令官の天幕?

「将軍、お連れしました」
「ん、お疲れ様でっす。入ってもらってください」

敬礼しつつそう言う兵士の声に対して、中から穏やかな返事が返ってきた。
さぁと軽く兵士に促されて、私は天幕に入る。

天幕の中には、一人の男の人がいた。
不自然なほど直立不動の体勢でこちらを向いている。
アミガサといっただろうか、あまり見慣れない形の帽子を被っているため、表情は確認出来ない。
私は少し視線を外して、天幕の中を探る。
その他には、机と椅子が一つずつ、ベッドといった最低限の物しか置かれてない。
そしてよく見ると、天幕中にごく薄い紫がかった霞のようなものが充満している?
それ自体は無味無臭だったが、これは男の人の臭いと言うのだろうか、が鼻につく。
普段女同士でしかいないから、そういった臭いに慣れていないせいで余計気になるのだろう。

「え、えっとあの・・・」
「は、はい?」

男の人が、戸惑い気味に口を開く。
声がうわずっている? 緊張しているのだろうか。・・・何故?

「あ、あの・・・は、初めまスてッ! ボボボボク、コマ・スペルンギルドって言いまスッ!」
「!? コマ・・・さん?」

コマ・・・スペルンギルド? この人が?
この人の噂は、帝国にいた時でも多少聞いている。評判は総じてよろしくなかったと思う。
私もあまり詳しくはないのだけど、メイドが好きだとか、女難だとか・・・。
思わず少し身構えてしまう。

それに気付いたのか、コマさんは少し困ったように口を開く。

「あ、緊張しないでください。別に取って食おうってわけじゃないんですから。(^^;;;」

そうは言われても・・・。
なおも緊張する私を見て、コマさんはポリポリと頬を掻きながら言う。

「あ、まぁ、立ち話もなんですから、座ってくださいな」

促されるまま、無言でベッドに腰掛ける。
客用の椅子もなくてスイマセンねーと言いつつ、コマさんは愛用の物と思われる椅子に座った。
私と少しだけ距離を話して座ったのは、私を緊張させないための配慮なのだろうか・・・。
少し落ち着いた所で、疑問をぶつけてみる。

「あの・・・」
「ん? 何ですか?」
「私に話があるそうですけど・・・何ですか?」
「うっ。(^^;;;」
「???」

いきなりコマさんの動きがせわしなくなった。
一体どうしたんだろう?
私はてっきり、帝国の秘密を根掘り葉掘り聞かれるものだとばかり思っていたのだけど・・・
違うのだろうか?

「メ、メイリィさんッ!」
「ハ、ハイッ!?」

コマさんはいきなり私の名前を叫びながら、唐突に椅子から立ち上がった。
そしてまたしても直立不動の体勢。
さっきまでの私なんかよりも余程緊張しているように見える。
私もビックリして、思わず普通に返事をしてしまった。

「メメメ、メイリィさん・・・。ああああの・・・・・・・・・」
「は、はい? 何ですか?」
「あっ、あのう・・・そのう・・・おッ、落ち着いて聞いてくださいッ!」
「あの・・・コマさんこそ落ち着いてください・・・」

思わずそう言ってしまう程、コマさんは落ち着きがなかった。
その様子を見ていると、何だか苦笑が出てきてしまう。

「ハッ! そそそ、そうですねHAHAHA!」
「それで、どうしたんですか?」
「は、ははははい・・・じじじ実は・・・ボボボボクは・・・」
「ボクは?」
「ボボボボボキュはッ! メイリィさんが・・・ッ!
 すッ、すすす・・・好ぐはぁ(爆死)」

え? え? え???
何だかよく分からないうちに、コマさんは自爆したらしい。
何故か意味不明の叫び声をあげながら、机に頭を打ち付け続けている。

「あ、あのコマさん? 大丈夫・・・ですか?」

私の声が一応届いたのか、コマさんは頭を打ち付けるのを止めた。
そして少しだけ私を一瞥したかと思うと、急にこちらに背を向けて笑い出す。

「あー、恥ずかしい! やっぱ告白なんて出来るかコンチクショウ(号泣)♪」
「えっ?」
「・・・あ(爆)」

今・・・、告白って・・・?
誰に? 私に?
つまり、コマさんは私を・・・? ウソ・・・。
状況を整理しようと頭を回転させるが、どうも上手くいかない。
それだけ混乱しているのだろう。

肩をすくめながら、コマさんはバツが悪そうにこちらに向き直った。
面と向かって相対すると、何だか急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
それに耐えられなくなって、お互い視線を外してしまった。

「あ、あの・・・コマさん・・・」

しばしの沈黙の後、私は視線を外したまま話し掛ける。
しかしそれ以上言葉が続かない。ハッキリ先程の続きを聞くのが怖くて。
それを受けて、一瞬の逡巡の経てコマさんは少し恥ずかしそうに話し出した。

「う、うん・・・そういう事・・・。もう2年以上になるのかな・・・。
 ずっと・・・ずっとあなたの事が・・・」

私をしっかりと見て、コマさんはそう話す。
ずっと私のことを・・・?
こんな風に告白を受けたのは初めてなので、どう答えればいいのか困ってしまう。
胸がドキドキしている。多分頬も真っ赤なんだろうな・・・。
どうしよう・・・なんて答えよう・・・。

重苦しい沈黙が流れる。

「あ、あの・・・」

たまりかねて、こちらから口を開いた。
少なくとも、この人の勇気には応えなくちゃいけないと思ったから。

「きゅ、急にそんな事言われても困ります・・・。私、コマさんの事よく知らないし・・・」
「う、うん・・・。そうだよね・・・」
「で、ですから・・・もっとコマさんの事よく知ったあとじゃないと、私答えられません」
「そっか・・・」

恥ずかしくて、私は俯いてしまう。
これって、振っちゃった事になるのかな・・・。
そんな事を考えてしまう。
すると、

「ありがとう、僕にはもったいない言葉です・・・」
「えっ・・・」

コマさんはハッキリとした声でそう言った。穏やかな笑みを浮かべながら・・・。

「突然こんな事言っちゃって悪かったね」
「そ、そんな事ないです!」
「うん、ありがとう・・・」

(2002.11.21)


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