継承
コマ・スペルンギルド
「・・・っつ〜・・・・・・」
僕はベッドに寝たまま包帯の巻かれた左肩を押さえる。先の戦闘によってつけられた傷は、痛みも生々しい。
朝霧さんとの死闘を経て、アリサさんの部隊によって、僕の部隊は壊滅させられた。
長く付き合ってきた気のいいバカどもも皆死んだ。
僕だけが・・・僕一人だけが生き残っちまった・・・。
つくづく将軍とは嫌なものだ・・・。
他人は死なせておいて、自分はおめおめと生き残っているんだから。
しかしこのまま腐っているわけにもいかない。
落ち込んでいる暇があったら、拾った命で何が成せるかを考えねば。
そしてその答えは、すでに一つしかない。
「さて・・・行くか・・・」
よろよろとベッドから起き上がる。
痛みは左肩どころではなく、全身にくまなく走っていた。
と。
「・・・・・・・・・え?」
いつの間にやら、ベッドにちょこんと黒猫が鎮座ましましているではないか。
か、かわい・・・ゲフンゲフンいやそーじゃなく。
何でこんな所に猫が・・・?
僕の考えを見透かしたように、黒猫は一つ溜め息をついて
「はぁ・・・アタシってホント損な役回りばっかりだニャ・・・」
と言った。
・・・え、言った? 猫が?
あまりの出来事に、きょとんとした顔で黒猫の顔を覗き込む。
その様子に、黒猫はまたしても一つ溜め息をついた。
「ああもぅ、予想通りすぎだニャ・・・」
「何故猫が喋る?」
こんな時冷静にツッコむ自分もどうかと思うが。
「アタシは猫じゃないニャ。式神だニャ。紫苑って名前もあるニャ。
って、そんな事はどうでもいいニャ」
ん、あれ・・・?
そういえばこの猫、どっかで見た事あるような・・・?
「あ〜、思い出した! お前もしかして、朝霧さんと一緒にいた可愛い黒猫ッ!?」
「だから猫じゃないって言ってるニャ・・・。それはどうでもいいとして・・・。
そうだニャ、朝霧水菜がアタシの主だニャ」
あ〜、やっぱりそうなのか・・・。
それにしても、朝霧さんのシキガミ・・・だったか? が、一体僕に何の用なのだろう。
「所でさ、え〜、紫苑、だっけ? 一体何しに来たん?」
「そうそう、それだニャ。アタシはメイリィに会いに来たんだニャ。メイリィはどこにいるニャ?」
「え”っ、メイリィさん!?」
「ん? どうかしたのかニャ?」
紫苑は後ろ足で首の辺りを掻きながら言った。
「えっとあの・・・メイリィさんは・・・帝国軍の部隊に帰しちゃった(爆)♪」
「はぁ!?」
猫にはぁとか言われちゃったよオイ・・・。
「アンタバカだニャ? もう2度と会えないかもしれないのに、帰しちゃってどうするニャ」
猫にバカとか言われちゃったよオイ・・・。('Д ̄;;;;;;;;;;;;;
と、紫苑はまた一つ溜め息をつきながら言う。ここまでくると、もう癖だなこれは。
「全く・・・やっぱりメイドモエって人種はアタシには理解不能だニャ・・・」
「メイド萌えじゃねぇっつの! って紫苑、それじゃあお前これからどうすんだよ?」
「ん〜、そうだニャ・・・。しょうがないから、一回部隊に戻るニャ。
そこで情報集めて、メイリィ探しニャ」
「そっか・・・」
紫苑がベッドから飛び降りた。
文字通りの猫のような身軽さで見事に着地を決めてみせ、そのまま部屋から出て行こうとする。
「あ、そうだ」
「ん? なんだニャ?」
その紫苑を、僕は呼び止めた。
どうしても一つだけ聞きたい事があったから・・・。
「あのさ紫苑・・・。お前の主の朝霧さんって・・・どうなった・・・?」
紫苑は首だけこちらに向けて言った。
「・・・主は無事生きてるニャ。今は帝都に戻って療養中だニャ。でも、なんでそんな事聞くニャ?」
質問を返され、僕は苦笑混じりに答える。
「ん・・・メイリィさんと会えたのは嬉しいけどさ、
そのために朝霧さんが死ぬんじゃ、やっぱ申し訳ないじゃない。
戦争の犠牲は、出来るだけ出したくないしさ・・・」
「・・・やっぱアンタはバカだニャ・・・」
こちらを見ずに、紫苑は言い放つ。
確かにね・・・。
自分でも分かってる。だから何も言い返せなくて、沈黙が訪れてしまった。
と、背中を向けていた紫苑が踵を返し、とたとたと走り寄ってきて、ジャンプ一番ベッドに飛び乗った。
「・・・ちょっとアタシの頭に手を置くニャ」
「は?」
「これから継承の儀式をやるニャ」
継承ッ!?
継承と聞いて、悲しいかな、自然と身構えてしまう。
女難だの受けだの妙なものを継がされて、苦難の日々を歩んできたのだから。
「主には、アタシの事とか忘れて自由に生きて欲しいんだニャ。
だから代わりに、アンタが主になるニャ」
「僕が主に??? いやでも、僕シキガミってよく分かんねぇし・・・」
「大丈夫だニャ。アタシぐらいなら簡単に使役出来るニャ。
アンタそれでも魔法使いだニャ?なら大丈夫ニャ」
ホントかよ・・・。
しかしまぁ、多分生物ではないのだろうが、主人をそこまで思う紫苑の心意気に、正直僕は感心していた。
半信半疑ながらも、恐る恐る紫苑の頭に右手を乗せる。
多分こう、紫苑が光って、僕も光に包まれて、パーってなって、なんかスゲェんだろうなぁ
等と考えていると。
「・・・終わったニャ」
「早ッ!('Д ̄;;;;;;;;;;;;;」
もう終わったのかよ・・・。
そんなに簡単に終わるもんなのか?
しかし紫苑は、こちらの事などお構いなしに言葉を続ける。
「これで正式にアタシの主が変わったニャ。よろしくニャ、主」
「は、はぁ・・・こちらこそよろしく・・・」
僕が主か・・・。なんかそんなガラじゃないんスけど・・・。
呆然とする僕をよそに、紫苑はベッドから飛び降りて、スタスタと部屋の出口へと向かっていく。
「ああそうだニャ。主、なんかメイリィに伝言とかあったら伝えてやるニャ」
「伝言?」
メイリィさんに伝言か・・・。
何かあるかな・・・。伝言・・・。
「ん〜・・・・・・・・・・・いいや」
「あれ、いいのかニャ?」
「大事な事は、やっぱ自分の口と顔で伝えなきゃな」
「・・・分かったニャ。それじゃあアタシは行くニャ」
「おぅ、気をつけてな」
猫を見送るというのも何か変な感じがするが、とりあえず紫苑を送り出す。
と。
「ああ忘れてたニャ」
「ん?」
「主が死ぬと、アタシも死ぬニャ。だからさっさと死なないで欲しいニャ」
「('Д ̄;;;;;;;;;;;;;」
「それじゃあ、元気でニャ」
器用に扉を開け、紫苑は駆け出していった。
猫に自分の命の心配されてどうすんだアタシ・・・。
「・・・さて」
溜め息を一つついてからベッドから起き上がった。
そして編み笠をかぶり、ドアノブに手をかける。
「それじゃあ行きますか・・・」
痛みの走る身体を押して、僕は再び戦場へと舞い戻った。
その先に待ち受けている自分の運命を知る由もなく・・・。
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