僕は死ねない

コマ・スペルンギルド

「敵部隊の突撃、来ますッ!」
「総員、防御体勢! 退くなよ!」
辺りに飛び交う怒号。
そして次の瞬間、槍の雨が降ってくる。
次々と襲い来る攻撃を寸での所で避け、僕は地面を無様に転がった。

よろめきつつ上体を起こすと、周りには死体の山が累々としていた。
すでに僕―コマ・スペルンギルド―の部隊は数百名程度しか残っておらず、
クレアの他の部隊も半壊状態で援軍は望むべくもない。
元々こちらは法術部隊。懐に入られた時点で、負けは確定的である。
しかも川縁に部隊を展開していたので、退却も出来ない。
僕がいる最後尾は、すでに文字通り『崖っぷち』なのだ。
眼下には、大雪のために激流と化した川。これに巻き込まれようものならまず助からないだろう。
このままでは完全に壊滅コースだ。
しかしなんとかしなければいけないと思いつつも、この彼我戦力差では、すでにこちらは詰んでいる。

「これまでか・・・?」

どこかからそんな言葉が聞こえた。
これまで・・・? 冗談じゃない!
死んじまったら、メイリィさんにもう一回会えないじゃないか。
この間の返事を聞く事も出来ないじゃないか・・・!
僕はこんな所では死ねない!

気力を振り絞って起き上がる。
そしてあらん限りの声で味方の兵を鼓舞。

「まだだ! 敵兵に向けて、氷魔法斉射! まずは相手を分断するんだ! そうすれば勝機はある!」

勝機はある・・・? 本当に・・・?
自分自身の言葉を、自分自身が一番信じられていないのかもしれない。
迷ったら負けだと思いつつも、目の前に広がるのは絶望だけだった。

と。

「敵部隊の第2波、来ますッ!!」

悲鳴にも似た声が響き渡る。
早すぎる! こちらの体勢を整える暇もない。
そう思ったのと同時に、敵の攻撃が着弾した。
味方の兵が吹き飛ばされる。

「あっ!?」

と、吹き飛ばされた兵士の一人が川へと転落しかける。

「ちぃッ!」

それに気付いた僕は、とっさに飛び出し、彼の腕を掴んだ。
遠心力を利用して、自分と彼との位置を入れ替える事によって、彼を助ける事に成功する。
だが・・・。
そのため、僕が代わりに激流の中へと身を投じる事になってしまった。

ドッパァァアン!

派手な音を立てて、僕は川の中へと転落した。

「将軍!?」

そう叫ぶ兵士達の声が、みるみる遠くなっていく。
まさかこんなに流れが早くなっているとは予想外だった。

「くそッ! ・・・なんとかしなきゃ・・・ゴボゴボ・・・ぷはっ、なんとか・・・ッ!!」

息をするのさえままならない。
この流れの速さでは泳げるわけもない。
頼みの綱の氷魔法も、こんな水中では役には立たないだろう。
氷点下に近い水温のため、身体はすぐに動かなくなってきた。意識も途切れがちである。

僕は死ねない。
死ぬわけにはいかない。
もう一回会いに行くって、約束したんだから。

すでに全身の感覚はない。寒さも痛みも超越してしまっていた。

もう・・・ダメか・・・。ちくしょう・・・。
・・・・・・・・・・メイ・・・リ・・・ィ・・・・・・・・・・・・・・。

愛する人の顔がよぎる。
かろうじて残っていた意識は、動かなくなった身体と共に、あっけなく激流の中へと消えていった。


クレアムーン第10部隊蒼翼隊、壊滅。
30分後、コマ・スペルンギルド将軍の生死不明の報がクレアに伝えられた。

(2002.12.11)


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