やくそく

コマ・スペルンギルド

クレアムーン方面の戦闘は終結した。
あと一歩のところまでクレア側を追い詰めたものの、
猛吹雪によって帝国軍は撤退せざるを得なくなったらしい。
クレア方面の戦闘停止から、はや14日。
生き残ったクレア方面軍の兵士達が、毎日続々と帝都へと凱旋して来ていた。
しかし・・・私―メイリィ・キィス―を訪ねてくれる人は、未だ来ていなかった。

「戦争が終わったら、もう一回会いに行くから・・・」

私を訪ねてくれるはずの人の言葉が蘇る。

戦争・・・終わりましたよ・・・?
いつ来てくれるんですか?
あと何日待てば・・・来てくれるんですか・・・?


クレアムーン戦線の終結から14日目。
太陽が沈み始め、世界を紅い世界へと染めていく。
今日という日も終わりに近づいて来ているのだ。

私は実家の門の前に立ち尽くしていた。
私がこうやって、いつ来るとも知れない訪問者の為に、
何をするでもなく門の前をうろうろしながら時を過ごすようになったのはいつからだったろう。
最初はいつやってくるのだろうというドキドキした気持ちだった。
それが数日経って、だんだんと来ない事を心配するようになって。

自分で考えてもおかしいよねと思う。
あんな事しちゃったけど、別に合意の上だったわけじゃない。
普通なら何てことするのって怒らなきゃいけないんだろうけど・・・。

どうして私は、敵対していた国の一将軍の事をこんなに心配しているんだろう・・・。
どうして私は、こんなに切ない想いをしているんだろう・・・。


気がつけば、紅い世界が少しずつ黒に侵食され始めていた。
また、夜がやって来る・・・。どうしようもなく寂しい夜が・・・。
その寂しさに、今夜は耐えられるだろうか・・・。

今日も・・・か・・・。

私は溜め息を一つつき、最後に辺りをもう一度見回してから、ゆっくりと踵を返す。
本当に・・・あと何日待てば・・・。

と、家の中へと戻ろうとしたその時。

ザッ・・・

背後から誰かがこちらに歩いてくるような音が聞こえた。
その音は少しずつこちらに近づいて来ている。
が、何かおかしい。普通に歩いているような音ではない・・・?
まるで・・・足を引きずっているような・・・。

まさか・・・。まさか・・・!
私は恐る恐る振り返る。
先程までは確認できなかった人影が、今は数メートル先の所にはっきりと見てとれた。
視線の先に居たのは・・・ボロボロで、血まみれで、泥まみれで、大怪我をして、疲れ果てて、
それでもなお穏やかな笑顔を浮かべた一人の魔法使いだった。

「あ・・・ああ・・・」

本当に・・・来てくれた・・・。
声が出ない。
私は涙をこらえるので精一杯だった。
彼は左肩を押さえ、右足を引きずりながら、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。


「は、はは・・・ッ・・・スイマセン・・・遅くなりましたね・・・」

僕はゆっくりと彼女に近づく。
右足に怪我を負っているため、これ以上早く歩けないのがもどかしい。
早く側に行って、抱きしめたいのに。

「ハァハァ・・・うっ・・くっ・・・・・・ちょっと・・・遅れちゃいましたけど・・・
 ぐ・・・ッ・・・ちゃんと・・・約束・・・どおり・・・来ましたよ・・・」

言葉を発するだけでも全身に激痛が走る。
気を失わないのが不思議なくらいだ。
それでも、せめて心配はかけないように笑顔だけは絶やさぬように心がけねば。
見ると、彼女は両手で口元を押さえて、無言でこちらを見ている。
・・・あ、涙・・・?
はは、まいったな・・・また泣かせちゃいそ・・・。

「・・・うあッ!?」


私まであと2メートル程度の地点で彼の足元がおぼつかなくなり、
バランスを崩して倒れそうになる。

「コ、コマさん!」

思わずそう叫んで、私は倒れこむコマさんを抱きとめようとした。
けれど、女の力では、そんなに大きい方じゃないとは言えども、
男性の身体を支える事なんて出来るわけもない。
抱きとめたコマさんもろとも、私は地面に倒れてしまう。

「コマさん! コマさん・・・!」


ここは・・・彼女の腕の中か・・・。
彼女が僕の身体をゆすっているらしい。
あ・・・メイリィさん泣いてる・・・。
ああ・・・泣かないで・・・。
ゴメンね・・・泣かせてばっかりで・・・。

あ・・・意識なくなってきた・・・。
僕・・・死ぬのかなぁ・・・。
最後が彼女の腕の中なら・・・悪くはない・・・よな・・・。


もう一度会いに行くという約束を果たせた事を誇らしく思いながら、
彼女の涙を頬に受けた所で、僕の意識は周りの黒の世界へと溶け込んでいった。

(2002.12.16)


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