邂逅


赤・・・

朱・・・

紅・・・

それは血の色・・・

「また・・・血で服をお汚しになりましたか・・・」
任務を終えて城へと戻る私を出迎えるのはいつもこの仮面の少女だったか・・・


「将軍・・・紅将軍・・」
「ん・・・」
突然呼びかける声が私を現実へと引き戻す。ふと見上げるとそこには帝国軍の見知った将軍の顔があった。
「お休みでしたか・・?」
「いや、かまわない、どうした」
「そろそろ進軍を再開しないと先に出立した部隊と距離が離れてしまいます」
「そうだな・・・休息を解いてこれより進軍する、明日には帝都に到着するな」
また、微睡んでいたか、ここのところいつもこうだ、目の前で仕事があるというのに心ここに在らず・・か。

一つの任務を終えて帰還を果たした帝都ラグライナ。
そこにはいつもと変わらない風景が紅を待っていた。
何の感傷も、感動も沸いてこない。
生きて還ってきたから、また次の任務に就く。それだけだ・・・


城内でもあまり人気のない倉庫付近を一人歩く紅、別に運命に導かれた訳でも予感を感じたわけでもない、極力人と触れようとしない彼女がごく自然に選んだ城内のルートであった。
だが、そこで紅の耳に人の声が届く。

「典医・・・正直に答えなさい、父上のお命はあとどれくらいなの?」
「な・・何をおっしゃっているのですがセリーナ様・・陛下におかれましては風邪も回復に向かって・・・ひっ・・」
「答えなさい・・・あとどれだけのお命なの?」
「言います・・言いますから、どうかその剣をお収め下さい・・・」
微かに聞こえるその声は紅もよく知っている第二皇女セリーナのものである。
「セリーナ様・・・そこで何をしているのですか」
今にして思えば・・・私は何故声を掛けたのだろう。
セリーナ様が典医に詰め寄っていたこと、そして小声だったから半分は聞き漏らしたが、それで十分想像の付く会話。
私は、見て見ぬ振りをして、聞いて聞かぬふりをしてその場からすぐに立ち去っていればよかったのだろうか・・・

「貴女は・・・確か紅と言ったわね」
「私のような者をご存じでしたか・・・」
「えぇ、よく知っているわよ・・・だって・・」
セリーナが近づいてくる、膝間付く私の耳元にまで顔を近づけると、そっと吐息を吐くかのように語りかけた。

「だって・・・貴女、血の匂いがいつもするのだもの・・・」

私の生涯で最も衝撃を受けた瞬間であった・・・
思わずこセリーナ様を見上げる。美しい光を放ちながらも鋭い切れ味を誇るという装飾品の施されたナイフを連想させるその顔立ち。

「父様は死ぬ・・・偉大なる伝説と巨像を伴って・・美しく旅立たれるのよ・・・それでこそ私のお父様・・・」
「セリーナ様・・何をおっしゃっているのですか・・陛下におかれましては病も順調に回復に向かって・・」
そういいながらも私自身それが本心でないことを悟っていた。
そして、同時に・・・私の心は陛下の全てを受け継ごうとするこの姫君に奪われつつあった。

「紅・・私の物となりなさい・・・」

あぁ・・この方は・・・まるでセルレディカ様の生き写し・・・
そう、あの御方の持つ光と闇、その闇の部分だけを純粋に継承なされた御方・・・
ルディ様も嫌いではない。あの御方はセリーナ様とは違う光を放ち、その光は私のような者にすら心地良い。
しかし、私は既にこの方に囚われようとしている。

「私は覇道を突き進む、あのお美しい姉様にはそれはできない・・・だから、私の物となりなさい」
「・・・・はい・・・」

私自身自覚はしていなかったが、自然と口元に微かな笑みが浮かぶ。

赤・・・

朱・・・

紅・・・

それは血の色・・・

「命は・・・砕ける瞬間が一番美しい・・・・・」

(2002.11.26)


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