“誠心”

永倉 光成

−シチルの街北西・クレアムーン国 防衛線陣地−
帝国軍1万超に対し、聖都クレア防衛のため設営された野戦陣地の
一角に、第3部隊2000騎を束ねる永倉光成の本営が存在した。

「光成様・・・・。クレアの伯玄殿より文が参りました」
封書である。無言で受け取り、光成は文面を改めた。
「ふむ・・・」
「・・・内容は如何なるもので?」
傍らに控える補佐官 板垣宗冬の言。
「リュッカ方面軍が帝国第3騎士団の先鋒と接触したそうだ」
「白峰渚将軍ですな」
光成は───正確には永倉家は、独自の諜報要員を抱えている。
彼が開戦前にほぼ完全な各国軍の戦力比率などをまとめあげることが
できたのも直参の彼ら「草」の功績が大きい。
それを統括するのが雲野伯玄であり、彼は現在各戦線の情報伝達のために
活動していた。リュッカにおける情報がいち早くシチル戦線に伝わったのは
彼の功績である。
「他は風華嬢が出陣・・・と。・・・む・・」
僅かに唸った後、宗冬に文を渡す。
「グレイアス将軍部隊がハルバードへ後退?」
「・・・恐らくはこちらの陣容を見とって、対応に動くのだろう。
 即ち法術部隊の増強、か。コマ将軍、パンドラ将軍、
 エアード将軍にも伝達せよ。敵の動向に細心の注意を払う」


時は開戦前に遡る。光成は「草」の集めた情報をヴェルナ将軍とともに
まとめ、戦略に関する草案を作成していた。これは主に諸将の中で光成が
年齢的に年かさであり、かつ譜代の武将であることによっている。
彼としては特に総合的な指揮権は望まなかったし各部隊の将軍には独自の
指揮権が認められていたが、これら細々とした作業を行う人間が必要で
あったことは事実であった。諸将の提案と部隊編成を聞きつつ、
各戦術を洗い流していた彼の元に、パンドラが訪れたのは彼が
草案作成に従事したことが諸将に伝達された2日後であった。

やや無遠慮に屋敷に上がり込み、光成の執務室に入る。
「光成将軍、お願いがあるのですが」
「・・・随分と唐突ですな。まぁ、おかけなさい」
軽く眼鏡の縁を指で押し上げ、光成が返答する。
「で、用件は?」
「聖蓮を、一時的にでも自由に行動させて欲しいのです」
「・・・独断行動を希望する理由は?」
「暁の守人の指揮官と言われている、リルルさんを追討したいのです」
「それは私怨ですかな?」
「私怨ではありません。しかし、個人的感情です」
「・・・いくら各将軍に年齢性別出身の差無く部隊に関する強力な指揮権を
 認められているとはいえ、将兵はクレアムーン国のもの。個人的な事を
 はいそうですかと認めるわけにはいきませぬな」
「左様ですか・・・致し方有りませんね。失礼いたします」
そう一言 言うと、すぐさま背を向けて執務室から出ていった。
「・・・ふむ・・・」
部屋には思案顔で目を閉じる光成だけが残されていた。

そして翌日。
「光成様。パンドラ将軍の件、如何なさるつもりで?」と宗冬。
「何故聞く?」
「あまりにもあっさりと帰りましたのでな。場合によっては、
 独断で動くやもしれませぬ。我が軍の戦力からして、懸念材料には」
「現状ではどうとも言えぬな。それよりも、今はこちらの仕事だ。
 総会議には間に合わせねばならない」
「・・・御意にございます」

更に後日、対応を最終的に協議する総会議。
「・・・であるからして、帝国、共和国の動きに対応して
 これらの戦術を使い分けることとなる。編成は・・・」
光成と宗冬の説明により作戦行動と編成が採択されていった。

「・・・以上で草案書の説明を終えます。異議 提案ある方は?」
ぱらぱらと手が上がり、それ毎に協議が重ねられていった。
(パンドラ将軍・・・何も言わないか)
事実、パンドラは会議開始からほぼ無言のままだった。
(これは腹になにかあるか・・・?)光成は切り札を切ることに決めた。
事前相談が完全に終了し、国主 月風麻耶が解散を宣言する。
早々に立ち去ろうとするパンドラを、光成が廊下で引き留めた。
「少し宜しいかな」
「・・・?」
「・・リルルの件だが、彼女はグレイアス将軍の副官として、シチル侵攻に
 加わるらしい」
「・・! 何故それを?」
「伯玄の功績です。細かいことは言わないし聞くつもりもありません。
 責務は果たされるよう」
肝心の質問は言葉を濁し、光成はそのまま辞去した。
いつぞやとは逆に、パンドラがその場に取り残されていた。

そして今、防衛陣地に戻る。
「しかし、宜しかったのですか?」
「別に、誰が軍規を破ったわけでもあるまい。それに・・・」
外を眺める。
「人は皆何かを背負うものだ。誰にも損無く重荷が軽くなるくらい、
 許されると思うのだがね」
光成が僅かに微笑する。
「甘いかね?」
「・・・滅相もない」宗冬も僅かばかりに微笑み、主に返答した。

戦いはまだ始まったばかりである・・・。(了)

(2002.09.19)


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