初陣

朝霧 水菜

―それは、少女が16になったばかりの頃の話・・・

「朝霧様、ここはもう限界です・・・撤退命令をっ!」
壮年の、今回雇われの身である私の世話をしてくれている軍人さんが言う。
戦力的には五分五分だったこの戦いの敗因は、私の愚かさだった。
人を殺す事を躊躇う者が指揮する部隊の士気が上がるはずもなく、
私の部隊の隊員達はその数を半数近くにまで減らしていた。
じりじりと狭められてくる敵の包囲網の圧迫感が肌を通して伝わってくる。
「そう・・ですね・・・これ以上、戦いを長引かせては・・・・」
私も苦渋に顔を歪めながら、軍人さんの方に振り向き、頷く。
そんな時だった―不意に背中越しに鋭い殺気を感じたのは。
「危ないっ!!」
不意の出来事に一瞬、反応が遅れた私を庇うように軍人さんが間に飛び込む。
振り下ろされた銀閃は、その軍人さんの背中を袈裟斬りにしていた。
「ぐっ! お逃げください、朝霧様・・・」
「あ・・・あぁ・・・・」
また、私の不注意で、今度は軍人さんにまで迷惑をかけてしまった。
―その事実に、私の足はガクガクと震え、二、三歩、後ずさるのがやっとだ。
「お逃げください、早くっ・・・!!」
叫ぶ軍人さんの胸を、無慈悲な白銀の刃が貫く。
その刃は確実に軍人さんの心臓を捕らえ、
貫き、刹那にして彼の命の火を消していた。
「ひっ・・・あ・・・・」
悲鳴をあげようにも、しゃっくりに押し潰されて掻き消えてしまう。
刀が引き抜かれ、崩れ落ちる躯の向こうに待っていたのは、
ついさっきまで私の部隊の隊員として戦っていた傭兵さんだった。
その後ろにも、何人かの傭兵さんの姿が見える―状況は明白だった。
「ヘヘッ、この軍人とお前さんを肴に敵軍に取り入ってやるぜ・・・」
血塗れの刀を片手に、傭兵がニタニタと厭らしい笑みを浮かべる。

―頭の中でカチリ、と何かが入る音がした。

「は・・・あ・・・・・ぁ・・・・・」
心が不思議と落ち着き、感情の起伏が緩やかになっていく感覚。
後に残されるのは、ただ、生き残ろうとする意志だけなのか・・・
私自身、可笑しくなるぐらい、先程までの迷いは消えていた。

「なっ・・・!!」
スッ、と地に足を滑らせるように音もなく懐に潜り込んできた私を見、
男が驚愕に表情を歪ませたと同時、
トスッ、と軽い音をたてて狭霧が心臓を貫く。
次の瞬間には、身体が自然と別の『敵』の懐に飛び込み―――

「かっ・・・はっ・・・・」
最後の敵の喉を貫いていた狭霧を引き抜くと、あっさりと男は崩れ落ちた。
血塗れになった狭霧の刀身を、感情の篭らない瞳で見つめる。
辺りには―私がしたとは思えないくらい―沢山の躯の山が築かれている。
私も勿論、反撃を受け、服のあちこちはボロボロになり、
所々には血も滲んでいる―けど、それを『痛い』と感じる事もなかった。

―これは、ただ、16を迎えたばかりの少女の、初陣のお話・・・
――これは少女が初めて人を殺めた時のお話・・・


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初SSまでにかなり時間がかかってしまいました。
これは1度、5日辺りに仕上がっていたのですが、少し手直しが入ってます。
具体的には水菜の戦闘法なんですが・・・
そのおかげで、大分と短くなりました。
(※これはあくまで戦闘時であり、日頃の水菜ではないです)


(2002.09.08)


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