紅月夜、シチルの地に立つ
朝霧 水菜
―シチル方面帝国軍仮設前線基地―
「はぁ・・・・どうしよう・・・・・」
私―メイリィはもう、何度目かわからない溜息を漏らしながら、呟く。
私が溜息をつく理由は1つ―自分の部隊がここに派遣されている事である。
自分は元々戦闘に向いている性格と言うわけでもないし、
この部隊を指揮する水菜様にしても、自信を持って推せるような人ではない。
水菜様がルーデル将軍と模擬戦で互角に渡り合ったのは有名であるが、
あのほのぼのとした性格で前線の指揮官が務まるかどうかは、
やはり、私にとって大きな疑念の1つだった。
(やっぱり、あの時に言っておくべきだったのかな・・・・)
胸中で呟きながら思い出したのは、
水菜様に頼まれてセルレディカ様に作戦書を提出しに行った時の事だった。
「ふむ・・・ご苦労だったな。もう戻っていいぞ」
渡した作戦書を一読すると、セルレディカ様はそう言って、私を見やった。
表情からするに、概ね彼の予想通りの内容であった事が伺える。
「あの・・・セルレディカ様、その作戦書の内容は・・・・」
ふと、疑問に思って私は問いかけていた。
部隊の副官である以上、作戦の内容を知らないと、何かとマズイだろうし。
「ん?何だ、聞いてなかったのか・・・シチル方面派遣の承諾だ」
「えっ!?」
私は一瞬、我が耳を疑った。
シチルといえば、現在はクレア領であり、
そこを抜ければ聖都クレアまでは一本道という、クレア攻略の要地である。
加えて、周りが山に囲まれ、攻めに硬く、守りに容易い、天然の要塞でもある。
そこの攻略を、水菜様は承諾した、とおっしゃられたのだ。
「何だ・・・どうかしたのか?」
「い、いえ・・・何でもありません。失礼しました」
皇帝閣下の問いに慌てて首を振りながら、一礼し、
何度か蹴躓きそうになりながら、私は水菜様の部屋へ戻っていった・・・
「メイリィさん・・・情報収集と整理・・・終わりました?」
テントの入り口を開けて、水菜様が入ってくる。
先程までテント前に兵士を集めて、何やらしていたようだけど、
その名残か、今でもテントの外からは兵士の活気のある声が響いている。
だけど、相変わらず風貌からは内気な印象が強い。
「あ、はい・・・シチル方面に来た、クレア軍の情報は大体、纏まりました」
言って、きちんと清書した何枚かの書類の束を渡す。
今朝方、単独でのクレア軍の陣営の偵察から戻ってきた紫苑に、
敵軍の部隊編成、配置、その他諸々の情報を教えてもらい、
それを私が書類に纏めていたのだ―今、その紫苑は眠っているが。
「敵軍は5つ・・・将軍は・・・・」
言いながら、渡された書類に目を通していた水菜様の手がピタリ、と止まり、
その表情が険しく、曇った物になる―しかし、それもほんの僅かな間だった。
次の瞬間には、周囲に何とも言えない緊張感のある空気を纏い、
その顔には残りの書類に大雑把に目を通していく、真剣な表情が浮かんでいた。
「メイリィさん、私の部隊の全兵士に通達してください。
各自、各々の武器の手入れを怠らず、体を休めておくように、と。
私は他の部隊の将軍達と攻略作戦について、協議してきます」
書類を小脇に抱えなおして、水菜様が凛とした声でそう言う。
その雰囲気の変わりように、思わず唖然と見とれそうになりながら、
「は、はい・・・私も通達が済み次第、協議に合流します」
情景反射的に背筋を正し、何とかそう返していた。
コクリ、と頷いてから、踵を返して、
水菜様が今さっき入ってきたばっかりのテントから出て行く。
「び、ビックリした・・・いきなり―――――」
「雰囲気が変わった、かニャ?」
その背中を見送って、ホッ、と息をつきながら漏らした言葉に、
突然、背後から声をかけられて、私は心臓が跳ね上がりそうになる。
「主は平時と戦時で性格が変わる、軽い二重人格のようなんだニャ」
私を驚かせた張本人―紫苑はそれだけを言うと、再び寝始めた。
(起きてるなら起きてるで、言ってくれればいいのに・・・)
そんな紫苑に胸中でそう呟きながら、私は、
水菜様があのルーデル将軍と互角に渡り合った、という話が、
ただの噂話ではなかったのだと、何となく、納得していた・・・
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何だか、もう大分前の話のように思える、
シチル戦線開戦前の話です。
これを投稿しながら、一時撤退後のSSを書いてるんだから、
本当に時間の流れって早いですね(単にSS作成の速度が遅いだけw)
本日はこの他にあと2作、サポートサイトの方に投稿しています。
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