開戦の狼煙

朝霧 水菜/ミル・クレープ

―シチル戦線・開戦前日―
「おい、この情報に間違いはないな?」
前線基地となるテントで手渡された書類に目を通し、
エアードは書類を私に来た兵士に思わず確認していた。
「は、はい。確かな筋からいただいたので間違いはないかと」
言われた兵士がビックリして、慌ててそう言うのを聞きながら、
改めて書類に記された、帝国軍のシチル攻略部隊に目を通す。

第4部隊  将軍:空 翔三郎
第5部隊  将軍:フォルクス
第7部隊  将軍:朝霧 水菜
第8部隊  将軍:グレイアス
第10部隊 将軍:水薙 雷夏
第14部隊 将軍:フィアーテ・V・S・B

その将軍名の内、1人は彼にとって知らない名前ではなかった。
(アイツ・・・軍に入れられるとは思っていたが・・・・・)
どうやら、将軍に不足しているのは帝国もクレアも同じらしい。
いつか刃を交える可能性があるとは思っていたが、
正直、彼自身、こんなに早いとは思ってはいなかった。
その時、不意に彼の頭にある、1つの考えが過ぎる。
「おい、『蒼風』の全兵士に通達しておけ。明朝、直ぐに部隊を出発させる」
「え、あ、はい。わかりましたっ!!」
唐突な命令に戸惑いながらも、敬礼をして出ていく兵士の、
その背中を見送ってから、エアードは曖昧な笑みを浮かべつつ、
自らの得物―スカイハイの手入れに取り掛かった・・・

―シチル戦線・開戦当日―
メイリィの報告を聞き、水菜が怪訝そうな表情をする。
「クレアの部隊の1つが突出・・・ですか?」
「はい・・・朝早くに進軍、今は街の西の山岳部の麓に陣を構えています」
報告をするメイリィ自身、その表情には疑念の色が浮かんでいた。
俄かに両軍の緊張状態が高まっている最中での事だ。
この進軍がクレアの挑発である可能性は、明らかに高い。
しかし、囲まれればその部隊は撤退がほぼ不可能になる。
単なる作戦にしては、リスクが高すぎて、大抵の将軍は引き受けないだろう。
「帝国軍で接触可能なのは、私達と、フィアーテさんの部隊だけです」
付け加えるようにして言ったメイリィの一言に、無言で思考を巡らせる。
可能性として、それはある意味で、先の考えである挟撃作戦よりも高かった。
「メイリィさん、他の部隊に早馬を。直ぐに出ます」
思ったら最後―下手に考えるよりも、接触してみた方が早い。
何せ、突出しているのは、第2部隊「蒼風」であるのだから。
「はい、直ぐに手配しますっ!!」
言って、メイリィが早馬を出すべく、テントを飛び出していく。
「やっぱり、前のあの男かニャ?」
今までのやり取りを聞いていたのであろう、紫苑が問う。
「おそらく・・・そうでしょうね」
【狭霧】を手にしながら、水菜は1つ頷くと、改めて表情を引き締める。
場所が場所だけに、何とも言えない、複雑な思いが過ぎった・・・

「クレアは水際に防衛線を構築して、
聖都クレアへの侵攻だけは防ごうとしているみたいですね・・・」
斥候として送り出した者からの報告が届き、
今まで見ていた地図に新しく敵を現わす記号が書き加えられる。
クレア領であるここシチルでは、帝国・クレア双方の部隊が
それぞれ5部隊ずつ総勢2万の兵達が睨み合っていた。
先手を打った帝国側が早期にシチルの街付近まで侵攻しており、
帝国に対応して動く形になってしまったクレアは
街の北西にある聖都クレアへと続く回廊に陣を築き、
互いに動きを伺う形になろうとしていた・・・

(このままの形を維持するならば、戦線を広げている帝国としては
あまり嬉しくないけれども、防衛線を構築した相手に
迂闊に攻撃をしかけるわけにも行かないのが問題なわけよね。)
そう、判断できるだけの材料は手元に集まりつつあった。
「動くにしても待つにしても、何処かの部隊が先走らない様に
連絡を回しておきましょう。動く時は他の部隊と連携する事を
徹底しておかなければ、被害が大きくなりかねませんから」
連絡の為に伝令を呼ぼうとしたところに、
一人の伝令が早馬に乗りかけてくるのが見えた・・・

「御報告致します! クレアムーン第二部隊「蒼風」と思われる
騎兵部隊が単独で町西部山岳地帯の麓まで前進、
それに対応して帝国第7部隊「紅月夜」が対応して行軍を開始致しました!」
「朝霧さんの部隊が出陣したっ!? 相手の挑発なのは明らかでしょう!!」
早馬から伝えられた情報に、ミル・クレープは思わず怒鳴っていた。
その怒声に、思わず報告をしに来た兵士が竦み上がる。
「まあまあ、そう怒るなって。嬢ちゃんが怒っても仕方ないやろ?」
傍で聞いていた空が苦笑交じりに、尚も何か言おうとしているミルをなだめる。
「し、しかしっ・・・!!」
「それに、お互い睨み合ってばかりで退屈しとったんや。
開戦の狼煙には、これほどええもんはないわ」
自らの部隊の大将の、そんな言葉にミルが絶句する。
「そ、そんな事は言ってられません! 直ぐに全軍に通達してください。
 全速で第7部隊『紅月夜』を追いかけますっ!!」
―これが、シチル戦線開戦、数時間前の出来事だった・・・

山岳部に陣取ったエアードの部隊からは、帝国軍が一望できていた。
無論、その内の1部隊が自分達の部隊と対立しているのも。
「将軍、敵・第7部隊が――――――」
「わかっている。他の帝国の部隊は・・・遅れて着いて来ているようだな」
第7部隊以外の行軍は、明らかに慌てての物だろう―陣形が整っていない。
「そ、それと・・・」
「ん? まだ、何かあるのか?」
何か、言いにくそうに言葉を濁す兵士に視線を向け、先を促す。
どちらかと言うと、兵士は言いにくいのではなく、困惑している、という感じだ。
「はい。第7部隊の指揮官が・・・将軍に一騎打ちを申し込みたいと言っています」
なるほど―確かに、俺とアイツの事を知らない者には、戸惑う事だろう、それは。
「どうしますか?敵部隊の指揮官が前に出ている今なら・・・」
「いや、俺が出よう。他の兵士に伝えておけ。絶対に手出しはするな、ってな」
兵士の言葉を遮るように言って、背中に背負っていたスカイハイを引き抜く。
或いは、これは昨日の時点でわかっていたのかもしれない。
下手な話し合いなどなく、互いに、相手を倒す気で戦わなければいけない事を。
(この場所で戦わなければいけないのは・・・奇遇、だといいな)
胸中で呟き、振り仰いだ空には、月はなく、明るい太陽が大地を照らしていた。

流石に半年ぐらいの年月で人はそうそう変わる物ではないらしい。
部隊より何歩分か前に出て、不安そうに立っている水菜を見て、そう思う。
(そんなに不安なら・・・初めっから一騎打ちなんて申し込まなければいいのにな)
苦笑混じりに胸中でそう呟いて、俺も、自分の部隊から数歩、前に出る。
しかし、俺も、もし逆の立場になっていたとしたら、同じ手段を取っていたかもしれない。
つまるところ、この戦場において敵将と会うには、これが一番いい方法なのだ。
「あっ・・・・!」
部隊から出てきた俺の姿を認めて、水菜の表情が僅かに明るくなる。
その表情を見て、連想したのは―待ち合わせの恋人が来た、そんな状況だった。
(これからするのは楽しいデートなんかじゃない。酷い殺し合いなのにな)
まあ、要するに、まだ実感がないんだろう。水菜も―そして、俺自身も。
もう、とっくに癒えたはずの過去の古傷がちくり、と傷んだ気がしたが、
敢えてそれを無視して、俺は無理矢理な笑顔を作りながら、軽く手を上げて応える。
けれど、それもほんの束の間のやり取りだった。
「・・退く気は・・・ないん・・・ですね・・・・」
「ああ、前にも言ったとおり、クレアに借りがあるんでな。退く訳にはいかないだろ」
躊躇いがちに紡がれた言葉に半年前と変わらぬ言葉を返し、表情を真剣な物にする。
「エアードさん・・・敵になるというのなら・・・・容赦は・・しませんから・・・」
言いたい事を沢山、押し殺したような声で呟きながら、水菜も腰の刀を抜く。
途端、その周囲の空気が凍りついたように固まり、表情から不安がサッ、と引いてしまった。
そういえば、誰かが言っていた気がする。
武士は、刀を抜く瞬間に、相手を殺す覚悟と、相手に殺される覚悟をする物だと。
これもその類のマインドセットなのかもしれない。
こんな最も武士からはかけ離れた少女が、というのは皮肉な話だが。
「帝国軍第7部隊『紅月夜』指揮官・朝霧水菜、参りますっ!!」
明確な殺気を身に纏いながら、その少女が飛び掛ってくる。
「アイツを斬った事に比べれば・・・誰が敵になろうと構わないさっ!!」
吐き捨て、こちらも飛び掛る―それが、開戦の合図だった。

実力拮抗―2人は、まさしくそうだったのだろう。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」
「っ・・・・く・・・・・はぁ・・・・・」
互いに肩で息をしながら、朦朧とする意識を堪え、それぞれの刀を握っている。
2人の衣服には無数の刀傷が走り、所々、血が滲んでいる。
お互いに、もう、余り体力は残されていない―おそらくは、これが最後の一撃。
それを知ってか、周り兵士達も固唾を飲んで2人を見ている。
先に動いたのは、水菜の方だった―必殺の一撃を繰り出すべく、駆け出す。
その、彼女が一歩を踏み込んだ、その刹那、彼女は確かに見ていた。
エアード・ブルーマスターの周囲に強烈な気が収束しているのを。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」
「インパルスクラッシュッ!!」
全身に鞭打って、踏み込もうとした勢いを殺し、水菜が後ろに飛び退いた直後、
収束していた気が形をなし、エアードが青白い光に包まれ、突撃してきた。
―そして、この一瞬の攻防が、勝負を決定付けていた。
僅かにでも飛び退いた事で相手の動きを見る余裕を持てた水菜が、
突進してくるエアードの死角を狙いながら飛び込み、2人が交錯する。
時間にして一秒にも満たない交差の後、倒れていたのはエアードだった・・・

(2002.09.24)


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