一時の平穏、そして・・・

朝霧 水菜

―クレア・シチル戦線から風華部隊の突撃を受けた、帝国第7部隊『紅月夜』は、
 強行軍をして、隣町の帝国領であるバライの街に引き上げていた・・・

「えっと・・・お茶の葉はこれでいいですかね・・・・」
露店に並べられたお茶の葉を見比べながら、私―水菜が呟く。
国境を挟んで激戦化にあるシチルとは違い、バライは概ね平穏だった。
思わず、ここに居ると今が戦時中なのを忘れてしまいそうになるぐらいに。
「あ、あの・・・水菜様、本当によろしいんですか?」
呼ばれて振り返ると、そこには戸惑いと喜びが半々ぐらいのメイリィさんが立っていた。
流石に、メイド服で街を歩けば男を呼び寄せているだけのような物なので、
私の私服の予備から1着、メイリィさんにも似合いそうな物を着てもらっている。
そんなメイリィさんの手に握られているのは小さな小箱だった。
「はい。前線で頑張ってもらった、せめてものお礼です・・・」
もう、何度目かもわからないその言葉に苦笑を漏らしながら、言う。
バライの街に引き上げて、大方の事務処理、部隊の再編成などを終えて、
僅かに出来た休暇に一緒に街に出ないか、と彼女を誘ったのが昨日。
その時の彼女の喜び様は、誘ったこちらが嬉しくなるぐらい、大袈裟だった。
そして、労いの意味も込めて、彼女に何か、好きな物を1つ選んでいいと言った時、
彼女が選んだのが、その、小さな割に装飾のしっかりした小箱だ。
「おや、嬢ちゃん達、軍人さんか?」
そのやり取りを聞いていた露店の主人が私達2人を見比べて疑問符を上げる。
確かに―私達を軍人と見る方が難しいのかもしれない。
「はい・・・ついこの間、シチルから引き上げてきたばかりなんです・・・・」
言いつつ、相手の言葉の真意を探ろうとして―やめた。
主人の目を見ればわかる。彼が、心から私達の境遇を憂いている事は。
「嬢ちゃん達のような若い娘さん達まで戦場に出ないといけない世の中なんだな・・・
本当に、帝国はこのまま泥沼に入っていってしまうのかね・・・・」
その呟きは、果たして私達に向けられた物か、それとも―――
「ん? 嬢ちゃん、大丈夫か?」
主人が私ではなく、メイリィさんの方を見ながら言った一言に、私も慌てて振り返る。
「え、あ、はい・・・大丈夫、です・・・け・・・・ど・・・・・・・」
それからは、何か、出来の悪いホラー映画を見ているような気分だった。
気丈にも笑顔を浮かべながら、答えようとしたメイリィさんの体がグラッ、と傾く。
崩れた態勢を立て直そうと、手を棚について支えたみたいだけど、それも無意味だ。

―ドサッ・・・・

「メイリィさん!!」
彼女が地面に崩れ落ちるよりも早く、咄嗟的に伸ばした手でその体を支える。
「ちょっと待っとけ。直ぐに医者を呼んでくるからなっ!」
主人が叫び、店番も放り出して走っていく。
そんな中、意識を失ったメイリィさんの手には、
それでも彼女が手放さなかった小箱が、しっかりと握り締められていた・・・

―メイリィさんに下された診断は、精神的な緊張状態の連続による過労。
少なくとも、数日間の安静は絶対に必要、というのが医者の見解だった―

「済みません・・・ご迷惑を―――」
「その事はもういいですから・・・今は体を休めてください」
意識が回復したメイリィさんの言葉を遮って、私はズレた布団を掛け直した。
既に日は落ち、辺りには夜の静けさが漂っている。
「そういえば・・・紫苑はどうしたんですか? 今朝から見かけませんけど・・・」
呟いた彼女の言葉に、思わずドキリ、と心臓が反応するのを自覚する。
それを悟られてはいまいかと彼女の表情を伺うが、
まだ、それほど意識は回復してないらしく、ボゥッ、と天井を見上げている。
「紫苑には・・・シチルの戦況の偵察に向かってもらっています」
隠そうかどうか迷ったが、私は結局、事実を伝える事にした。
戦況の偵察という事は、部隊の戦線復帰が近いという事に繋がる。
「あの・・・水菜様・・・・・」
「分かっています、から・・・部隊の出発は遅らせるつもりです・・・・」
今度は、最後まで聞くと胸の痛みに押し潰されてしまいそうで、
それが怖くて、私はメイリィさんの言葉を遮り、思わずそう口走っていた。
つくづく、自分の弱さに自虐的な笑みが漏れそうになる。
「そう・・・・ですか・・・・・・」
まだ、体力的にもそう回復はしていなかったのだろう。
呟きながら、メイリィさんはその瞳を再び閉ざし、眠りに落ちていった。
今の私には、せめて、その先が平穏である事を祈るしかない。
「本当に・・・待てれば、いいんですけどね・・・・」
静かな寝息を漏らす彼女の顔を眺めながら、吐息を吐き出すように呟く。
「・・・大丈夫なのかニャ?」
気配もなく―式神なのだから当然ではあるのだが―紫苑が現れ、問う。
「はい・・・メイリィさんは大分、落ち着きました。それで、戦況はどうでした・・・?」
振り返ると、紫苑は何か言おうとして、止めたようだった―まあ、想像はつく。
「クレア軍の方は防衛線を維持する気だニャ。
帝国軍の方はクレアの部隊の突撃攻撃で歩兵2部隊が半壊状態、
先に撤退した『WINGS』と併せて補給に入るみたいだニャ。
・・・・正直、戦況は、あんまり芳しくないニャ」
やっぱり、待っているだけの時間的な余裕を持たせてはくれないらしい。
早馬による報告から、他戦場が手一杯な事も伝え聞いている。
最後に、安らかなメイリィさんの寝顔をもう1度だけ横目に見て、
「第7部隊「紅月夜」は明朝よりシチル戦線復帰を目指して行軍を開始します」
何か、迷いを吹っ切るように、自分に言い聞かせるように、
私はハッキリとした声で、そう呟いていた・・・

―翌日、目を覚ましたメイリィが見たのは、自分のベッドの上に置かれた、
『ごめんなさい・・・』との書置きが付けられた、小さな小箱だった・・・

(2002.10.02)


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