撤退
朝霧 水菜
「前線の兵士の疲労・・・加えて、この猛吹雪に食料の枯渇・・・当然の判断、ですか・・・・」
天幕にて、報告書の束に目を通しながら、水菜は今し方届いた命令に、そう呟いた。
彼女自身、1400余りの自軍の兵士と食料を分けているため、
その顔色はお世辞にも優れているとは言えない。
「そうですね、これ以上の戦闘は両軍とも無理みたいです」
水菜よりはこの寒さに慣れているせいか、まだ彼女よりもマシな顔色で、
それでも、微かな疲労の色を滲ませながら、紗耶が呟く。
「う〜・・・こう寒い上に、視界も効かないとなると偵察隊すらまともに機能しないな(==;」
そこに、外で他の兵士達と共に周囲の警戒に当っていた蒼主が、
体をかき抱くようにして温めながら、戻ってきた―彼の言うとおり、天幕の外は相変わらず酷い吹雪だ。
と、その彼も、天幕の雰囲気から状況を察したらしく、直ぐに真剣な顔つきになった。
3人が3人、重苦しい空気に閉口し、その視線を絡める事もなく、ただ、時が過ぎていく。
帝国とクレアの両軍が雌雄を決したこの戦いは、ある意味で、一番最悪な形で終わろうとしていた。
攻め切れなかった帝国はまた攻略の機会を伺うだろうし、クレアも勢いを取り戻して守るだろう。
「人は・・・戦乱の中でしか生きられないんでしょうか・・・・」
続く沈黙の中で、囁かれるように吐き出された水菜の呟きは、
直ぐに、凍りついた聖都の空気に溶け込むようにして、消えていった・・・
「クレア方面の全軍に撤退命令が出ました・・・あと少しの辛抱です、皆さん、頑張ってください・・・・」
自軍の兵士達の前で、水菜は細かい前置き抜きに、ただそれだけを伝えた。
戦況不利による『降伏』ではなく、戦略的な『撤退』である事。
―それは1つの戦いの終わりを意味し、また、まだ戦争が終わらない事も意味する。
故に、兵士達の中に安堵を見せる者は居ても、喜んでいる者などいない。
「では、行軍を開始してください・・・」
それを悲痛な面持ちで見つめながら、水菜はそう言って―事実上、最後となる―指揮を下した・・・
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