老将と勇将

モリス・D・カーライル

共和国領、カルスケート。
ここでは今、侵攻した帝国軍と迎撃する共和国軍での戦闘の真っ最中である。
そしてその最前線である峡谷地帯を巡って激戦を繰り広げている部隊があった・・・

「各隊、堅陣を維持せよ!陣形を乱すでないぞ!」
帝国軍、第二騎士団本陣。
皇帝直属軍である第一騎士団、ルーデル率いる第三騎士団と並ぶ精鋭部隊の本陣で、
矢継ぎ早に指示を飛ばす老人が居た。
「帝国の老将」モリス・D・カーライルである。
「・・・徐々に押し込まれているか。敵の士気は随分と高いようじゃの・・・」
戦況を分析し、呟くモリス。その直後に偵察に出ていた兵が戻ってきた。
「報告します!共和国軍、指揮官自ら前線で戦っている模様!」
「前衛の第1部隊劣勢!増援を求めています!」
息を切らせながらも、半ば叫ぶように報告する兵士。
「なるほど、この勢いはそれが理由か。流石はキロール、勇猛で知られた男よの・・・だが」
報告を聞き、前線の最も戦闘が激しい辺りを睨みつける。
一瞬、自ら剣を振るい敵兵をなぎ倒すキロールの姿が見えたような気がした。
「だが、その勇猛さが命取りじゃ! 伝令!」
「はっ!」
「第1部隊は敵指揮官を狙え! ただし、必ず3人以上同時にかかって行く事!
 第2部隊、第3部隊は敵前衛と後衛を分断し敵を包囲せよ!
 本陣の第4部隊は各隊の援護に回れ!」
「ははっ!」
指示を受け、戦場へと散っていく伝令達。
それを見届け、モリスは再び前線へと目を向けた。
(・・・ワシも・・・老いてさえいなければな・・・)
心のどこかから自らも前線へ出たい、勇者と言える敵と剣を交えたいという声が聞こえる気がする。
それは「老将」ではなく・・・かつて「猛将」と呼ばれた男の声なのかも知れなかった。
だが自らの体である。衰えた体ではそれが不可能である事を一番理解しているのもモリス自身だった。

そんな事を考えている内に戦況に変化が訪れた。
突然共和国軍の動きが止まり、浮き足立ったのである。
直後に伝令が駆け込んでくる。
「報告します! 敵将、後退していきます!」
「倒したか?」
「いえ、負傷は負わせたようですが命までは取れなかったようです」
一瞬、残念なそうな・・・それでいて嬉しそうな微妙な顔をするモリス。
「・・・勝ったか。残敵を掃討せよ。ただし、深追いはするな」
「第1部隊、敵将の追撃許可を求めています」
「ならん。我々の任務はこの場所を守ることであり、また他にも敵はいることを忘れるな」
残存戦力への指示を出し、ようやく体から力を抜く。
被害の算出や負傷兵の輸送、部隊の再編などやることは山ほどあったが、
今この時だけは一息つくことが出来そうだった。

(2002.09.24)


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