新しい将軍
御剣 叢雲
今日も慌しい足音とやたらと騒いでいる声が聞こえてくる。
通常ならば騒ぎを気にして野次馬でも集まりそうなものだが、既にそれが日常の一部となった周囲の人間は「またやってるよ」としか思っていないのだった。はじめの頃はいちいち慌てて状況を確認しにいったものだったが最近は放っておいた方がさっさと終わると誰もが経験上熟知していた。
そういえばこのような騒ぎが起きるようになったのはどれくらい前だろうか…
「よく考えてみればまだ二ヶ月かよ…」
呑気に茶を啜りながら彼はその二ヶ月をゆっくりと思い返してみた。
毎度騒ぎの発端となる彼女の二倍は歳を喰っている彼にとって『普通の』二ヶ月と言うのは気付いたら過ぎ去っているほどに早いものだったのだが、彼女が現れてからの二ヶ月はその何倍にも感じられていた。
しかもその二ヶ月の間に彼女は『恋人にしたくないかわいい娘』(暇な事務関係の兵卒が作った様々な順位付けのされてる中の項目の一つだ)の第一位に君臨するようになったのだ。
「…とゆ〜ワケで、今日から前の将軍サンに変わって新しい将軍サンが来るからね!」
部隊の副官であり、激しいノリの割りに面倒見がいいと定評のある日向緋和は部隊の面々に向かって言った。いずれの顔ぶれも戦うことを生業とした一種独特の空気を持っているものばかりだ。しかしその独特の空気は彼らの好みがそろって偏っていることから来る比重の方が圧倒的に大きかったりする。
「とりあえず新しい将軍サンがどんな人かアタシにもよく分からないけどびびっちゃダメだからね!! 勝負は第一印象よ!! 分かった!?」
『うぉ〜!!』
背後から声をかけられたような気がしたが緋和は勝手に気のせいと決め付けた。
「いい!? あんた達が頑張って戦争しに行くって時はアタシだってあんた達にできる限りのことはするからね!!」
『うぉ〜!! 緋和姐さん〜!!』
また背後から声をかけられてる。背中をぽんぽん叩かれてるからコレは確実だ。でも人が盛り上がってる時に水をさすなんてなんて無粋なヤツだ。
「何!? 今忙しいんだから!!」
「あなたが日向緋和さんですか?」
振り返った緋和に少女が尋ねる。
「ん? そうよ。で、今忙しいから後でね」
緋和は声をかけてきた少女の姿をロクに見ないで部隊に向き直った。
「あんた達とアタシとどっちも一生懸命になったら絶対負けるわけ無いんだからね!! あんた達のこと信じてるよ!!」
『うぉ〜!!』
なんだか背後で「ちょっと聞いてください」とか少女が言った気がした。まあ、夏だし。自分も少し疲れてるんだろう。
「アタシ、あんた達と一緒に居れてホントによかった!! 頼りにしてるからね!!」
『緋和姐さん〜!!』
「よしっ解散!!」
「しないでくださいっ!!」
――強烈な蹴りが緋和を襲った。
「で、私が今日からこの部隊の将軍になる御剣叢雲です。…え〜と、どうぞよろしく」
叢雲がぺこりと頭を下げる。ちなみに緋和がその横で殺気を放ちまくって無理に笑顔を作っているがお構いなしだ。
そして叢雲が頭を下げた瞬間、周囲の空気が一気に濃さを増した。
『うぉ〜!! 叢雲ちゃ〜ん!!』と怒鳴る集団あれば
『気合入れていくぞ〜!!』『おぉ〜!!』『気合入れていくぞ〜!!』『おぉ〜!!』と気合入れを開始する集団もある。そして――
「で、アタシが副官の日向緋和。ヨロシク、将軍サン」
「あ、え〜と…御剣叢雲です。よろしくおねがいします」
と、怖い空気の中で握手する二人の姿があった。
翌日
叢雲は真新しい畳の上で枕を抱いた状態でごろごろしていた。
将軍という地位についた実感はほとんど無い。叢雲はふとそれまでの暮らしを思い浮かべていた。
生まれたときから髪の毛が緑色だったが、忍びの筈なのに能天気な母とその上官であり軍の人間だった父は気味悪がるどころか「何かいいことがありそう」と叢雲を大切にしたものだった。――その二人もついこの間ちょっとしたことが原因でこの世を去ってしまったが。
小さい頃から母に屋敷に忍び込む方法やある程度の戦闘術などの体を使うことを教え込まれ、父からは政治などの頭を使うことを教え込まれたが、頭を使うのはとことん苦手だったので母に教えてもらった建物からの脱走方法を多用して逃げ回っていた。
逃げだして行くところはいつも近所の神社の一人娘である、幼馴染の桐生梢のところだった。そこの神社には「護神刀」と呼ばれる「轟雷刀」という古い刀が奉納されていた。――後に梢の一家はこの刀を狙った強盗に惨殺され、轟雷刀は叢雲の手に渡ることとなる。
梢が殺され、両親が死亡し、身寄りの無くなった叢雲は父親の友人であった人物の紹介で軍に出入りするようになった。
「んでいきなり『将軍やれ』って言われてもなぁ…」
と、突然叢雲の部屋に人影がさした。
「む〜ら〜く〜も〜ちゃん?」
「あ、緋和さん…ど〜かしたんですか?」
微妙にこめかみを引きつらせながら緋和がじっと叢雲を見下ろす。
「おねーさん、布団はちゃんと片付けろって言ったよねぇ〜?」
「ちゃんと片付けてるじゃないですか」
「じゃあその枕はナニかな〜? 説明してくれる…よねぇ?」
「あ、コレ? 抱きごこちいいから」
――そしてそこから騒がしい日々が始まった。
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