或る騒がしい日常

御剣 叢雲

叢雲の朝は遅い。時々早い。今日は早い方だ。
東の空が明るくなり始めた頃に起きる時は必ずその茶色の双眸が楽しげに揺れるのだった。

「え〜と…ココにこれがあるから…」
何やら色々なものを担いでいる叢雲は嬉々として床下や天井裏を走り回っていた。
「ココはこれでよしっ」
叢雲はそう言うと真横の壁を押す。押された壁は見かけと裏腹に簡単に半回転し、叢雲の姿をその向こうへと消した。

『えあ〜どさんへ ちょっと重要な話しがあるので家まで来てください。 叢雲』


「…なんだこりゃ」
朝、目を覚ましたエアードの額にはそう書かれた叢雲からの手紙が貼り付けたあった。
「あの騒がしいヤツが…」
しかし叢雲の内政における凄まじいまでの実力を知っているエアードは
「『重要な話し』ってのが何か気になるからな…一応行ってやるか」
と、叢雲の家へと向かうのだった。

「む〜ら〜く〜も〜ちゃん?」
「う…ひ、緋和さん…」
何やら金ダライを何個も持って廊下を走り回る叢雲を待ち受けていたのは「お目付け役」としてムリヤリ叢雲の家に住み込んでいる日向緋和だった。
「あ、緋和さん…今日えあ〜どさんが来るからちょっと掃除しといて」
「えっ!? エアードさんが?」
突然口調が大胆に変わる緋和。そのままよくやったと叢雲の手を掴んで上下にぶんぶんと振り回し、そそくさと納戸に飛び込んで――叢雲の設置した罠の餌食となった。

【叢雲の罠第一号】
「入ったら出れない部屋」

――あらかじめ開けたままの引き戸を閉めると裏側に仕掛けてあった棒がその扉が再び開くのを防止する原始的な仕組み。
  しかし使い方次第では絶大な力を発揮する。

「こらー!! さっさと出さないと朝ごはんの焼き魚、骨だけにするよ!!」
納戸に閉じ込められた緋和の怒鳴り声が聞こえてくる。
「あ〜もう…うるさいなぁ…ま、いいか」

叢雲の家が眼の前にやってきた時、エアードの背筋に言い知れぬ寒気が走った。
「…やっぱやめよう」
言い知れぬ威圧感というか濃いオーラというか「何か」を感じたエアードは踵を返して叢雲の手紙を見なかったことにしてやろうと決意し、歩をとめた。
「あ、えあ〜どさん」
いざ踵を返そうとしたその瞬間、目の前の屋敷の門の辺りの空間がぐにゃりと歪んで「何か」の張本人である叢雲が姿を現した…とエアードは感じた。本当は門を開けて待ち構えていた叢雲が出てきただけだったのだが。
「意外と早かったんですね〜まあ、ちょっと騒がしいですけどどうぞ」
妙に引っかかる言葉を残して叢雲がエアードを玄関の方へと誘導する。エアードは何か、巨獣に喰われる心地がした。

「え〜と、ちょっとこの納戸は『開かずの間』になってて、ちょっと変な声が聞こえてくるんですけど、それに答えたら食べられちゃうんで注意してくださいね」
「お…おお」
と、家の中を案内しながら叢雲が一つの部屋にエアードを案内する。
「じゃあちょっとココで待っててください。用意してくるんで」
「あ…ああ…」
一人残されたエアードは手持ち無沙汰に部屋の中をぶらぶらしてみる。すると襖の向こうから何やら奇妙な音が聞こえてきた。
「…何だ?」
慎重にエアードが襖を開く。――そして叢雲の設置した罠の餌食となった。

【叢雲の罠第二号】
「襖」

――あらかじめ襖に取り付けておいた紐が襖を開けることによって引っ張られる。それによって罠が発動する仕組み。
  今回は前もって足元に作ってあった落とし穴の口が開く仕組みになっている。

【叢雲の罠第三号】
「落とし穴」

――畳の下に隠してあったそれなりに深い落とし穴。
  這い上がられることを防止するために壁面には油を塗ってあるという周到ぶりを見せ付ける至ってポピュラーな罠。

「痛た…何なんだこの家は…」
落とし穴の底で打ちつけた腰をさすりながらエアードがうめく。その時、エアードに見えない場所で、叢雲が嬉々として天井からぶら下がった紐を勢いよく引いた。

【叢雲の罠第四号】
「金ダライ」

――本当に罠としての機能があるかは不明だが、精神的ダメージを与えるのにこれほど効率のいいものはない。
  独特の尾を引く衝突音がステキな一品。

軽快な音と怒鳴り声が穴の底から響いてきたことに、叢雲は笑顔を作った。

「油まで塗ってるとはど〜いう根性だ…」
肩で息をしながら穴から這い上がってきたエアードは廊下へと飛び出した。板張りの廊下の天井からぷらぷらとぶら下がる「頭上注意」の札が気になったエアードはその札に吸いつけられるように上を向きながらふらふらと近づいていって――そして叢雲の設置した罠の餌食となった。

【叢雲の罠第五号】
「べあ・とらっぷ」

――足元から鉄製の歯が足首を捕らえるばね仕掛けの罠。
  「痛くないように」と叢雲も工夫してはいるのだが、コレに引っかかると抜け出すまでは歩くこともままならない。

【叢雲の罠第六号】
「頭上注意」

――頭上だけに注意をすると痛い目に会う。

「しまった…はめられたか…」
と忌々しげに呟くエアードの頭上から突然網が降ってきた。

【叢雲の罠第七号】
「網」

――敵を絡め取るのに使用する罠。
  頭上からの仕様は勿論、発射台を利用した横からの投擲、地面に埋設しておいて上に来たものを絡め取るなど、用途は広い。
  一度引っかかると抜け出すのは困難。

ようやく罠を抜け出したエアードは荒々しく「叢雲の部屋」と書いてあった部屋の襖を開けた。――そして叢雲の設置した罠の餌食となった。

【叢雲の罠第八号】
「水入りバケツ」

――襖などの上に設置する原始的な罠。頭上から降ってくる水には注意が必要。

「くそ…あの…」
ずぶ濡れになったエアードが部屋の奥へと一歩踏み出す。――そして叢雲の設置した罠の餌食となった。

【叢雲の罠第九号】
「跳ね上がる畳」

――只の床だと思っていた畳が突然ばね仕掛けで跳ね上がり、相手を正面から叩きのめす高度な罠。
  設置・回収が面倒なのが難点。

【叢雲の罠第十号】
「こんにゃく」

――よく冷やしたこんにゃくを糸で吊るしたもの。首筋などに当たった時の感触はおぞましいものがある。
  原始的かつ初歩的なトラップであるが、精神的ダメージは計り知れない。



その後も、叢雲の家からはエアードの叫び声が昼過ぎまで響いていたという…。

(2002.09.07)


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