叢雲、記憶を失う

御剣 叢雲

叢雲は額に汗を浮かべて目の前にいる生物を凝視していた。
見られている相手はというと叢雲のことなど知ったことではないといった感じでのんびりと歩き回っている。
「や、やっぱ怖い…」
「ほら、まがいなりにも将軍なんだからさっさと乗る!!」
背中をぐいぐい押してくる緋和の声はどこか楽しげだ。
「ぜ〜ったいイヤっ!!」
とは言いながらも背中を押されて徐々に前進してしまう叢雲。
叢雲に凝視されている生物(馬)はそんな叢雲をじっと見つめ、目が合った叢雲はさらに嫌がるのだった。
「茶色い〜!! でかい〜!! 怖い〜!!」

「怖い〜!! 降ろして〜!!」
強引に馬の背中に乗せられた叢雲がとにかく騒ぐ。しかし馬が怖くて「自分で降りる」という発想すらないようだ。
「ほらほら、馬に乗れなかったらシメシつかないよ」
満面の笑顔で緋和が叢雲に手綱を握らせる。それを叢雲が握ったと確認した直後、緋和は馬を強引に走らせた。
「わっ! ちょ、ちょっと…」
それ以降は言葉にすらならないような叢雲を乗せた馬は遠くまで思い切り走り、そこでその背中から人形のように硬直していた叢雲がころりと地面に落ちた。

「全く…騒ぐだけ騒いどいて落馬したら意識不明なんて…おかげで私が怒られたじゃないの…」
叢雲の部屋にしかれた布団の上で規則正しい寝息を立てている叢雲の傍らでぶつぶつと文句を言いながら緋和が叢雲の看病をしていた。
「ほら、もう十分寝たでしょ?」
と言いながら叢雲の頬を軽くたたく緋和。乱暴な口調とは裏腹にその手つきはやさしかった。
「う…うん…」
それに応じたかのように目を開ける叢雲。上半身を起こしてしばらく辺りを見回す。
「あ、叢雲ちゃんやっと起きた? どっか調子悪いとことかない? 大体馬が怖いからって…」
「あ、あの…」
そこまでいった緋和の言葉は叢雲にさえぎられた
「ここは…どこですか? むらくもっていうのは…私のことなんですか?」
「…へ?」
予想だにしなかった叢雲の言葉に目が点になる緋和。しかしすぐに調子を取り戻して
「アンタねぇ…今時そんな古いネタなんて通用すると思う? それに…」
「ご、ごめんなさい…でも…本当に何も覚えてないんです…ここがどこなのかも…私が誰なのかも…」
再び緋和の話はさえぎられた。そして不安げに辺りを見回す叢雲の双眸はいつものものではなく、不安に包まれていた。
「あなたが誰なのかも…分からないんです」

(2002.09.17)


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