クレア流、記憶喪失の治し方
御剣 叢雲
「本当に何も覚えてないの?」
馬に二人で乗り、叢雲の後ろで手綱を握りながら緋和が叢雲に言った。ちなみに叢雲は馬を見たとたんに逃げ出そうとしていたが、今の叢雲を無理やり馬に乗せるのは簡単なことだった。
「ご、ごめんなさい…」
そのまま沈黙する叢雲。
(そ〜いえば叢雲ちゃんが将軍になってからのことは知ってるけど…その前のことってぜんぜん知らないのよね…確か両親が謀殺されたって位しか…)
うつむいたままの叢雲を見て緋和はこのことについては聞かないほうがいいと思った。
「でも…」
「ん?」
「少しだけ…覚えてることがあるんです…」
「どんなこと?」
「雨…それから夜…」
抽象的な叢雲の答えに首をかしげる緋和。
「で、その雨の時と夜の時は何があったのか覚えてないの?」
「ごめんなさい…それしか覚えてないんです…」
またうつむいてしまう叢雲。
「い〜のい〜の、アンタのせいじゃないんだから」
ぽんぽんと叢雲の頭を軽くたたいてやる緋和。
馬は聖都へと向かっていった。
(それにしても…)
緋和は完全に弱気になってしまっている叢雲を見てため息をついた。
(このコの記憶が戻るのと…アタシが胃潰瘍で倒れるのとどっちが先なんだろ…)
「それで…記憶を失ってしまわれたのですか?」
「ご、ごめんなさい…」
縮こまってしまった叢雲を見てヴェルナはどうしたいいか途方に暮れてしまった。何しろはじめてであったときとの落差が激しすぎる。
(まあ…何も覚えていないから不安なんでしょうけど…)
「…記憶を失った時は…同じぐらいの衝撃を与えるといいそうですの。叢雲さん、ちょっと痛いけど我慢してほしいですの」
「えっ? は、はい…」
「えいっですの」
「うう〜…頭がふらふらします…」
叢雲は緋和につれられてふらふらしながら歩いていた。先ほど脳天に食らった一撃が効いているらしい
「で、一応聞いてみるけど…何か思い出した?」
「え、え〜と…ごめんなさい…まだ何も思い出してま…」
そこまで言って叢雲はふらふらと壁に激突した。
「次は…渚将軍ね…」
次に緋和が叢雲を連れて行った先には壺を焼きながら白峰渚が待ち構えていた。
「ふんふん…記憶が無くなった…」
「すいません…」
毎回謝る叢雲。
「記憶取り戻すんならコレがいいかな…いや、やっぱこっちのほうがいいかな…」
突然さまざまな壺を手にとっては置き、何かを真剣に考え出す渚。
「よしっコレに決定…叢雲ちゃん、覚悟はいいよね? 記憶取り戻すためならちょっと痛かったり血が出るくらい我慢できるよね?」
「えっちょ、ちょっと…渚…さん?」
これからわが身に降り注ぐことを予想してあわてる叢雲。
――その直後、叢雲の脳天へとフルスイングで壺が叩きつけられた。
「あう〜…なんか視界が霞んでます…」
叢雲は緋和に引きずられながら歩いて(?)いた。二度も脳天に攻撃を受けているのだからそのダメージはかなりのものがあるだろう。
「んで…なんか思い出した?」
とりあえず予想だにしなかった叢雲(の脳天)への波状攻撃を引き起こす原因となってしまったために心配そうな表情で叢雲の顔を覗き込む緋和。
「なんか〜…お花畑で男の人と女の人と〜…同い年ぐらいの女の子が手招きしてます〜…」
あらぬ場所に焦点を当ててうわごとのようにつぶやく叢雲。
「それって…叢雲ちゃんの家族じゃないの!?」
記憶が戻ったのかと喜ぶ緋和。しかし
「……」
「あっ……」
叢雲は見事に気絶していた。
「後は…エアードさんね…」
「…俺には記憶と言うより気を失ってるように見えるんだが」
「それにはいろいろと事情があったんで…」
「まあ、とりあえずはこいつが起きてからだな」
「そうですね…」
そしてしばらくの時が流れる。
「それにしてもこいつは…いつも人騒がせだな…」
「黙ってたり今みたいに弱気だったら可愛いんだけど…」
「それでも元に戻したいんだろ? 俺は俺に危害が来ないほうがありがたいんだが」
「……そうですね」
そのように二人が話していると、ようやく叢雲がゆっくりと目を開いた。
「あ、起きた? 気分は?」
「あの…ごめんなさい…ご迷惑おかけして…」
「………………………………………………………………………………はっ!?」
叢雲を見てエアードの周囲の時間がしばらく凍った。もしかしたらエアードの心臓自体活動を停止していたかもしれない。
ダラダラと全身から脂汗が噴き出して歯ががちがちと音を鳴らす。
「おい、緋和…」
落ち着いた声でエアードがつぶやく。
「大至急元に戻すぞ」
と言ってエアードがなぜか真ん中の少しへこんだ金ダライを持って叢雲の前に立つ。当の叢雲はよく状況が飲み込めていないのか、負のオーラを迸らせながら金ダライを持っているエアードに気づいていないようだ。
「民間療法といえども…記憶喪失にはコレだな…」
口元に邪悪な笑みを浮かべながらエアードは渾身の力を込めて金ダライを叢雲の脳天へと振り下ろした。
――深夜、叢雲の部屋
緋和はエアードの一撃で再び気を失った叢雲を布団に寝かせていた。
「元はと言えば…やっぱアタシが悪いのかな…」
その後もしばらく、緋和は叢雲の看病を続けていた。
「ん…」
と、突然叢雲が目を覚まし、辺りを見回した。
「緋和さん! 馬は!?」
「叢雲ちゃん…なんか思い出したの!?」
「ほぇ? 馬に乗せられてから何も覚えてないんですけど…」
「う〜ん…何かヘンなとことかない?」
「なんか頭がすっごいガンガンしてるんですけど…」
(記憶喪失のことは隠しといたほうがいいわね…)
「ところで緋和さん…人が嫌がってるのに無理やり馬に乗せてくれてありがと〜ございました」
「い、いや…別にたいした事じゃないし…あはは…」
結局この夜、緋和は叢雲の記憶が戻ったことを喜びながら後悔して、馬に乗って聖都を逃げ回ったと言う。
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