御剣 叢雲

その国に突然やってきたと言うのに叢雲にはしっかりとした部屋があてがわれ、丁寧なことに叢雲のために家まで用意してくれると言う。…そんなわけで叢雲は上機嫌だった。
簡単に人を信用するのが叢雲の長所であり短所である。結果がどう出るにしろ、叢雲はすっかり周囲の人々を信用しきって笑顔を振りまいていた。

「私は信用できませんな…いくら司令が見込まれたからとはいえ、つい先日まではクレアの将だったではありませんか」
机をはさんで向かい合う男女。『司令』と呼ばれた女性は手に持っていたカップを机の上に静かに置いた。
「その通りですね。ただ、主もおっしゃった様に『クレアの将だった』人物です」
過去のことだとに女性はほんの少し『だった』という部分を強調した。

陽が落ち、空が藍から闇へと変わっていく。行く空の色を追いかけるように風がゆっくりと駆け抜けていった。
クレアとは違う空気や街の雰囲気はイヤでも叢雲に新しい生活を実感させる。いつしか叢雲は適当な屋根の上で夜風に吹かれていた。
「…いろいろあったのかな」
風に乗ってやってくるかのようにさまざまな記憶が脳裏をかすめる。騒々しく微笑ましい記憶から突如として記憶が紅に染まる。そして雨に流されるように記憶そのものがぼやけて行く。
最後にはっきりと映し出される泣きながら敵陣へと歩いている自分の姿。そして…
「…っくし! ……あ〜寒!!」
叢雲は鳥肌の立った腕をこすり合わせながら自分の部屋へと戻っていった。

「例え他の国の将だったとしても…共に戦うものを信じないで戦はできません。私たちが彼女を信じないで誰が信じるのですか?」
まだ暖かい茶を手に女性は微笑んだ。

(2002.10.05)


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