不意打ちに沈む。

御剣 叢雲

夕方の町。次第に紅く染まり行く建物の間を行きかう人々は明るいうちに帰ろうと家路を急ぐ。
そんな人の流れは自ずと住宅の並ぶ方へと流れていくものだった。

「…このぉ!!」
叢雲はふらふらと出歩いている途中で一人の青年を取り押さえた。青年は堂々と往来の真ん中で叢雲の胸の谷間に十秒間ほど顔を埋めた上にその体勢のまま叢雲の胸を堂々と鷲掴みにしたのだ。
突然のコトに思考回路が停止していた叢雲だったがはたと我に返って無防備になっている青年の後頭部を全身全霊を込めて叩きのめしたところだった。
「ぬごぁっ!!」
「…っ何なんですかいきなり!!」
大地と熱烈なキスをする羽目になった青年に向かって叢雲が被害にあった己の胸を左手で隠すように抑えながら大声を上げる。
「一応ワザとじゃないんだけどなぁ…」
地面に凄まじい勢いでぶつけたと思われる鼻の頭を手で抑えながら青年が立ち上がる。その身長はやはり叢雲よりもずっと大きかった。
「……で、何か用ですか…?」
ここ最近つけまわしてるみたいだけどと叢雲がジト眼になりながら青年に言う。
勿論数日前から奇妙な視線に気づいていた叢雲である。しかしまさかその視線の主がこのような現れ方をするとは…
「気づかれていたとは思いませんでしたね…僕の名前は荻生。両親はクレア出身です」
荻生と名乗った青年は叢雲に右手を差し出す。
「…あのさぁ…もうちょっとマシなコト思いつかないの? …握手する時に画鋲とか…古すぎるよ」
そういわれた荻生が慌てて手のひらに器用に置いていた画鋲をその辺に投げ捨てる。
「で、何したいの? 私と会って」
「簡単なことですよ。僕をあなたのそばに居させて下さい」
「イヤ」
「あ、そうですか。どうもありがとうございます。じゃあ早速食事…で…も……何でイヤなんですか〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
だくだくと涙を流しながら地面に座り込んで叢雲を見上げてくる荻生。
「まず…」
そう言って一呼吸置いた叢雲は少し多めに息を吸い込んだ。
「登場のしかたが謎だしいきなり『そばに居させてくれ』って言われてもこっちはそっちのこと何一つ知らないでしょ。それにそのノリ苦手だし軽そうだうるさいし見てて疲れるし…って何見てんの」
そこまで早口で言って少し息を継ごうとする叢雲。しかしその時眼に飛び込んできた呆けたような表情の荻生に、叢雲は何かただならぬものを感じた。
「……」
「お〜い」
「………」
「何かあったの〜?」
「…………」
「お〜い、戻っといで〜」
「う…」
叢雲がかがんで顔を覗きこむ。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「わわっ!?」
突然大きな雄たけびを上げて立ち上がる荻生。
「やっぱり胸じゃなくてその太ももにすがり付けばよかった〜〜〜っ!! 生足なのを見落とすなんてぇ〜〜…えええ……え、えぇぇ…」
暴走状態から帰ってきた荻生が眼にしたのは異様なほどに負のオーラを身に纏い、どこまでも据わった眼でこちらを見てくる叢雲の姿だった。
「ではっ、そう言うことで!!」
脱兎のごとく駆け出した荻生を叢雲は通行人数人を弾き飛ばしながら追いかけていった。

(2002.10.10)


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