沈んでも起き上がる。
御剣 叢雲
「な〜んかこの家…だんだんネコばっかになってない?」
朝日の差し込む縁側でたくさんのネコが寝ていたり座っていたりと我が物顔でその場に居るのを見て女性は傍らに丸まっているネコに声をかけた。
そのまま女性は隣の猫の頭を少し微笑んでから撫で、静かに立ち上がると少しばかりの荷物を持って改めて自分のものではない…女性にとってなんとも言えない関係の少女のものだったその家を見回した。
「なんだ、あんたも来るの?」
ゆっくりと起き上がってでかい口をあけながら前足をうんと伸ばした先ほどまで傍らに居た猫を見て女性はそう言った。
――王都ラ・コリスディー 朝――
「…………」
叢雲は朝から負のオーラを立ち上らせて街中を歩いていた。
「……………」
道行く人々が視界の下から立ち上る不穏な空気に驚き、叢雲に視線が集中していたのでその後ろから叢雲を付け回す荻生の姿には気づいていなかった。
突然叢雲が人通りの少なくなった路地で屈みこむ。そのまましばらく足元に何かをしていたようだが、立ち上がってつま先で地面をとんとんと叩くと再び歩き出した。
そのまま叢雲の後を追う荻生。彼は何も考えずに叢雲が屈みこんでいた場所の真上を通過し…叢雲の罠の餌食となった。
「うぎゃ〜っ!! な、何だこれ…」
突然足に何かがしがみついてきた荻生は驚いて悲鳴を上げた。
彼の足を突然押さえ込んだものは叢雲が仕掛けたと思われるベア・トラップだった。
叢雲に集中するあまり足元に堂々と置いてあるものにも気づかなかったらしい。
「くそっ、こんな障害ぐらい…」
そう言って屈みこんだ瞬間に頭上から不穏な影が飛んできたことに気づいた荻生はふと空を見上げた。
――快晴の朝空に少し雲や金ダライや鉄アレイが浮かんでいる。
「のごっがふっ………ぐはっ」
顔面めがけて急降下してきた金ダライと鉄アレイ、そして何故か壺…
地面に倒れた荻生を通行人は何事も無かったかのように放置した。
――王都ラ・コリスディー 昼――
「さあ叢雲ちゃんっ!! お腹もすいたしそろそろおいしいものでも食べに行こうじゃないか!!」
「わわっ!! な、何なんですかイキナリ!!」
突然叢雲の目の前に荻生が現れる。ちゃっかり頭に包帯を巻いて一部紅いものがにじんでいるが叢雲はそれを無視した。
「さてと、何がいい?やっぱり和食? ならいい店…」
「ごめん、ほかの人と約束してる。バイバイ」
叢雲は何処からとも無くガイドブックとおぼしき物を取り出した荻生を無視してさっさと歩いていった。
「その相手って私兵軍の五番隊の副官のことだよね?」
思いがけないことを荻生に聞かれてはたと振り返る叢雲。
「え、え〜と…もしか…し…て……」
冷や汗を流しながら荻生の顔を見る叢雲。こうしてみると結構整った顔立ちをしている。ヘラヘラしていなかったら女の子も寄り付くだろう。勿体無い。
「僕が私兵軍五番隊の副官、荻生です。どうぞよろしく」
「……」
半分は予想していたができれば当たって欲しくなかったその言葉に叢雲の時が凍る。
「あれ? 声にならないほど喜んでくれてるんですか?」
「この…この浮き草オトコ〜っ!!」
叢雲は渾身の力を込めて荻生の顔面に向かって金ダライを投げつけた。
「ひょっとして…照れ隠しですか?」
「うっ………打たれ強い…」
きれいな弧を描いて吹き飛んだはずの荻生がいつの間にか目の前で(鼻血を出しながら)叢雲の顔を覗きこむ。叢雲は己の不運をなんとなく嘆いてみた。
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