一騎討ち

御神楽 薙

カルスケート南部

「覚悟は…………できてるよな?」
目の前の少女に対してつぶやく。たしか、共和国の将で、ミズハとかいったか……。
ふと、必要の無いことを考えた瞬間、鋭い風きり音が一瞬前までオレの首のあったところで発生する。
反応があと少し遅れていたら命は無かったな……。
次の一撃が来る前に全身のバネを思い切り使った跳躍で一気に間合いをとる。

遠慮は要らないな……。
下手をすれば目の前でジョシュアさんを殺されるところだったんだ……。もとより遠慮する気なんて無いが……。
肉片すら残さねぇ!!
久しぶりに湧き上がる明確な殺意をオレはためらわずに解放した…………。
周囲の景色の色が無くなり、喧騒が耳に入らなくなる…………。目の前の少女をただの『敵』として再認識する。

「死ね………。」
そう呟き、オレは得物を振りかぶった。



〜数分前〜

「全兵に連絡、これより我が隊は防衛線構築のため後退します。牽制の法術を放つ準備を!」
敵の使節団を撃破してからもここカルスケートでは一進一退の攻防が続いていた。
レヴァイアで発生した反乱により、カルカシアでの補給が不可能になった今、以前よりも厳しい状況になったことは間違いないだろう。

その時、ふと違和感を感じた……。

「……!!」
考えるよりも早くジョシュアさんを突き飛ばしていた。
次の瞬間、焼けるような熱さが背中に走る。
浅く背中を切られたか…。
次の瞬間、オレは全力で得物を薙いでいた。
…………殺気に反応して体が勝手に動いたな……。

金属同士がぶつかり合う不快な音を立ててなにかが後方に飛ぶ!

慌てて振り返り、殺気の発生源を確認する。
……一人の少女が立っていた…。
さっきのオレの一撃は自ら後方に飛んで衝撃を逃がしたようだ……。なかなかやる。

「な、薙さん! 大丈夫ですか!?」
ジョシュアさんは無事のようだ……。
「離れて!!」
ジョシュアさんにそう叫んでオレは走り出した……。

〜回想終了〜



目前にダガーが迫る。二本のダガーによる高速の連続攻撃……。
初撃をかわされてから、オレは防戦一方になっている……。
速い………。うかつに反撃が出来ないスピードだ……。なによりも攻撃に迷いが無い。
少しでも気を抜けば、間違いなく、その瞬間に喉元を掻き斬られる…!
急所はかろうじて外しているが、それでも体のあちこちに傷を負っている。


そのまま防御に徹する事数十秒、いや数分か……?隙をついてオレは『敵』の顔に向かって砂を蹴り上げた。
『敵』は一瞬戸惑ったが、それをしっかりと回避した。
が、その一瞬で充分。オレは得物を振り下ろした。
『敵』はタイミングを上手く外し、オレの青竜偃月刀が振り下ろされた直後の一瞬の硬直を狙って再び攻撃をかけてくる。
……普通ならこの戦法で誤りは無いだろう……。だが…。
「ふんっ………」
強引に力を加え、落下途中の得物を一気に斬り上げる。
…………あいにく、オレは普通じゃない。
『敵』は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐさまこれをかわそうと体を捻った。

「甘い……」
オレは得物から手を離して一気に『敵』の懐に踏み込み、同時に拳を放つ。

苦痛に歪む敵の顔と骨の軋む音……。『敵』が既に回避の体勢に入っていたためクリーンヒットはしなかったようだが、確実に手ごたえはあった。

『敵』は殴られた勢いを利用して一気に間合いを取り、何かをオレに言って退いていく。
「逃すかよ…!!」

って、冷てぇ!?

その瞬間、頭が普段のものに切り替わる。
慌てて後ろを振り返ると、水の入った甕を持った兵を先頭に衛生兵の集団がいた。
水をぶっ掛けられたのか?
「な、なにをする?」
「あ、よかった、いつもの薙さんだ……」
あ、そうか。そういえばみんなの前であそこまであからさまに殺気を解放したのは初めてだったか……。
「って、それどころじゃない! 敵将が逃げ「もう逃げましたよ」…………。」
数瞬、沈黙が降りる……。
「…………何で止めたんだよ!? せっかくダメージを与えてこれからって時に!!」
「自分の身体を見てください!! 血達磨じゃないですか!!」

……………………。

あ、本当だ……。あちこちから血が流れてる……。見た目は重傷だな……。実際はそう大したコトはない(と思う)んだけど……。まあ、いいか。どうせもう敵の気配もないんだし。大人しく手当てされよう……。

っと、その前に……
「あ、なあジョシュアさんはどうしてる? 無事だよな?」
「御自分の心配をなさってください!」
「えぁ!? じょ、ジョシュアさん?」
「………私は大丈夫です。…………すみません……援護も出来ずに…大怪我をさせてしまって。」
「うぁ……な、何を言ってるんですか。オレはジョシュアさんを守るためにここにいるのであって………怪我なんてしてなんぼですし……それにこの怪我も、見た目ほど大事でも……」
しどろもどろになって答える。やばい、何故だかわからないがジョシュアさんが少し落ち込んでいる…!?
ど、どうすればいいんだ!?
「…………よかった、いつもの薙さんです……。」
オレがあたふたしていると、ジョシュアさんが呟いた。
「え? あ、あぁ……。」
「正直、少しびっくりしまして…………。その、あんなに無表情で、凄惨な殺気を吐いている薙さんは初めて見ますし…………。」
………………………………。オレもあんな状態になったのは随分久しぶりだったからなぁ……。というか多分、あそこまでぶちきれたのは生まれて初めてかもしれない……。
「あ、えと……頭に血が上りすぎると偶にああなるんです………。ふ、普段はあんなことにはなりませんよ!?」
「はい、わかっています。…………本当にありがとうございました。」
あ、笑ってくれた……。………よかった……。
「では、はやく治療してきてくださいね。私は今から後退の指揮を執らなければならないので、一緒に行くことは出来ないですけど。」
「あ、オレは大丈夫ですよ。ジョシュアさんも気をつけて下さいね。オレも治療が終わったらすぐに戻りますから。」
「駄目です。傷が治るまでははゆっくりしていてください。」
「…………傷が治り次第戻ります…。」
何故か気圧されてしまった……。まあ、傷といっても背中の一太刀以外は(きっと)消毒すれば済む程度だろうし、背中も誤魔化せるだろうから、すぐ戻れるだろう……。

とりあえず、今は医療所で一休みさせてもらおう…………。

ジョシュアさんが、各部隊に指示を飛ばしている声を聞きながらオレは目を閉じた…………。

(2002.11.23)


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