前奏曲

白峰 渚

−クレアムーン 白峰家−
「なぁ、渚…蛍のやつ、いつ帰ってくるんだっけ?」
初老の男が渚と呼ばれた少女に言う。
「ガレス・・その質問25回目・・・ボケた?」
「俺はなぁ、心配なんだよ! よりによって、あのトムだろ?」
「トム君ていえばさぁ、あの顔はど〜見てもクレア人だと思うんだけどなぁ」
「本人が『トム』とか『ジェイファン』とか呟いてたからなぁ・・・他に何も覚えてねえんだろ?」
「そうだけどねぇ」
「・・・てゆうか、そういう話じゃねえだろ」
「大丈夫、いくら人間としての摂理が欠けてるトム君でも、蛍に手は出さないよ」
「…知ってやがるのか? …アイツ…」 
「目の前で倒れたんだもん。そりゃ気がつくでしょ」
渚が言うと、ガレスは頭を軽く掻いた。
「そうか…で、どうなんだ?」
「…良くなってはいないよ」


「はぁ…いい湯ですねえ」
「お〜い・・・蛍ちゃん・・・まだかよ・・・」
「まだですよ〜♪もう少し待っててください〜」
クレア領土内にある温泉…そこで蛍と呼ばれた少女は湯治の最中であった。
そして…一人の男がそれを覗いていた。
「やっぱりまだ成長してないなぁ…食べごろになるのはいつの事か…」
溜息をつく男の頭に上空から壷が落下する。
「げぶぁっ!?」
そのまま落下し、温泉に落ちる。
「ちょ、トムさん…な…なんで空から降ってくるんですか!?」


−クレアムーン 白峰家−
「あ? 何投げたんだ? 今…」
「壷」


「あ〜・・・酷い目にあったなぁ・・・」
「でも何で、空から壷が…」
「知らねぇよ…あ〜、首痛ぇ…」
「…」
「ところでさ…大丈夫なのか? 体…」
「え? あ、はい、元気ですよ?」
蛍は、軽くガッツポーズを作って、馬の上から転げ落ちそうになる。
「あ、あわわ!」
すんでのところでトムが捕まえて、溜息をつく。
「しっかり俺に捕まってろって言ったろうが…」
「す、すみません」
「…お前、ここのところ、お粥しか食べてないだろ」
「え?」
蛍が意表を突かれたような顔をする。
「…胃腸が弱ってきてるのか」
「いえ、私がお粥が好きなだけですよ?」
にこにこ笑う蛍の顔を振り返って見ると、トムは再び溜息をついた。
「…何で笑えるんだよ」
「?」
「だって…お前は…」


−クレアムーン 白峰家−
「アイツは強いな…渚」
「アイツ? アビスの事?」
「そうじゃなくてな…蛍の事だ」
「…」
「明日…いや、今この瞬間に死ぬかもしれんのに…いつも笑っている…俺が同じ状況なら…笑えるかどうか分からん」
「…心配させたくないんだろうね…」
「…」
渚は一息つくと、呟いた。
「でも、なぁ…もう少し…アタシ達に頼ってほしい、かな…」
渚の呟きは、ガレスと…2人に気づかれずに潜む、黒い魔術師、アビスの耳にのみ残った…

「…このままではいけないな…渚の心の大半を蛍が占めているのでは、俺の目的に辿りつけないな…少し動くとするか…」


「私…悲劇のヒロインなんて御免です。どうせ散る命なら、輝いていたいんです。それが、私が生きてきた意味だと思うから…」
「輝くのはいいけどな…渚ちゃんみたいのはゴメンだぜ。2人に増えたら手におえん」
「あそこまで酷くはないですよぉ」


−クレアムーン 白峰家−
「どうした?」
「何だか、壷を投げたくなった」

ふと見上げる空は青く、鳥や男が駆けていく。
今この時は、誰も知らない。歴史が大きく動いている事を…
そして、端々で暗躍する黒い魔術師…「アビス・K・ラビリンス」の目的を…


−数日後、白峰家−
「……聖軍師…? 誰が?」
呆けた表情で問う渚に、蛍はほがらかな笑顔で「私」と答える。
「何で…?」
「う〜ん…とね、私も何かを成したくなって」
「『何か』?」
「うん、私が――生きた証」


「蛍…君は俺の計画には邪魔だ…悪いが、死んでもらうよ…」
魔術師の呟きは、誰にも聞かれる事はなく…ただ、風だけが吹いていた。この先の運命を暗示するかの如く…
そして、帝国と…その翌日に戦端が開かれた…


各人簡易プロフィール
【白峰渚】21歳
元気印なクレアムーン将軍。壷が好き。
我が眠りを妨げる者には死を。

【白峰蛍】15歳
産まれた時より病気であった。
いつ死んでもおかしくはない状態であるが、明るさをいまだに失ってはいない。
人畜無害だが、怒らせると恐怖で髪の毛が真っ白になる程怖いらしい。

【トム・ジェイファン】?歳
突然現れた上、記憶喪失な根性無し。
基本的に役立たずであるが、たまにいい事を言うかもしれない。
性格は偽善者な上、外道という手におえないありさまである。

【ガレス・ブルーフォース】45歳
帝国の元将軍。【鋼鉄の鬼神】と呼ばれた剛の者。
両親を失った蛍と渚を育てていた。
2人には過保護で優しいが、他人には鬼である。

【アビス・K・ラビリンス】?歳
渚が拾ってきた?男。
【魔術師】らしい。法術師と何が違うのか不明ではあるが…
何かの目的を持って歴史の裏を暗躍する。
卓越した戦闘技術を持っているようだが、それだけでは説明できない【何か】を秘めている。

【風間 修介】25歳
通称「風間先生」。
クレアムーンの開業医であり、渚の関係者にしては珍しく常識人。
白峰兄弟とは子供の頃からのつきあいである為、昔から苦労していた。
歯医者から内科まで、なんでもこなす隠れた天才。

【戒】 自称37歳
変な人。通行人A。突然現れたりする。歴史にはまったく関係してこない。


(2002.09.03)


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