(無題)

白峰 渚

クレアの山中…そのどこかで、2人は出会った。
「あんた…何してんの?」
少女の問いに、男は面倒くさそうに答えた。
「…何してるように見える?」
少女は少し考えた後、「木の上で寝てるように見える」と答えた。
「正解。理解したならお家に帰りなよ、お嬢ちゃん」
男は帽子を目深に被ると、あっちへ行け、と言わんばかりに手を振った。
「…てやっ」
いきなり木が切り倒され、男がすんでの所で着地する。
「ガキ扱いとはいい度胸じゃん。アンタも大して変わらないように見えるけど?」
男は文句を言うでもなく、木の斬り跡を見ていた。
「…居合斬りか。しかし…複数回抜刀しなければ、こんな斬り跡にはならない…」
「…おまけに無視ときたもんだ」
少女は男の服装を観察した。
黒い帽子、黒い服、黒い外套…黒づくめの中で、背中に背負った銀色の十字架が異彩を放っていた。
「…ねえ、何? その十字架…アンタ、クリスチャンなわけ?」
男はやっと振り向くと、言った。
「ああ、これかい? まぁ、色々と意味はあるんだが…面倒だから説明は省くよ」
「…あっそ」
「そんな事より、俺は君に興味が沸いたよ」
男は、背中の十字架を持つと、少女にそれを向けて言い放った。
「俺と、勝負しよう。なあに、単なる練習試合だ」
返事を待たずに間合いをつめて、十字架を振るう。
「ちょ…! 何アンタ…辻斬り!?」
「違う。通りすがりの魔術師さ」
「はあ!?」
十字架を避け、少女が間合いを取る。
「良くわかんないけど…戦うっていうんなら…!」
しかし、少女の攻撃は全て薙ぎ払われた。
「なるほど…! 五連抜刀…! 血反吐を吐くような訓練を重ねたとて、三の太刀までが限度だというのに…凄いな、君は!」
「ぶつぶつ五月蝿いよ、アンタ…!」


「…どうしたんだい? 動きが鈍ってるじゃないか。あの五連抜刀はどこへいったんだい? 二の太刀すら出てないぞ?」
「五月蝿いって言ってるだろ!」
少女の攻撃の数々を、黒衣の男は全て受けきっていた。
「…君は、感情を出し過ぎだよ…そんな事では…俺には勝てないな。君の攻撃は全て読めて…ん?」
「るさいっ!!」
「がっ!?」
少女が投げた壷が、男の顔面に命中する。
「つ…壷!? 馬鹿な…どっから出したんだ!?」
「うざい! 暑い! 汗かいた! 喉かわいた! 水浴びしたい! あ〜、ムカつく!」
「ちょ…おい…どこからその壷出してるんだ!? 痛っ! 本気で謎だぞ、それ!」


数分後、辺りには壷の破片が散らばっていた。
「…無茶苦茶だな、君は」
「……話しかけるな…マジ疲れた…」
「なぁ…あの壷はどこから出したんだい? あのすぐに使えなくなる五連抜刀よりも、そっちの方が気になるよ」
「…女には謎があるもんなのよ」
「君は面白いな」
「何それ、誉めてんの? けなしてんの?」
「両方さ」
「あっそ」
「君はクレアの人間だな」
「だから?」
「しばらく君のところにお世話になる事にしたよ」
「はあ? なんでさ」
「君を観察していれば、俺の探し物も見つかるかもしれないからさ」
「何それ?」
「…男にも、色々と秘密があるものなのさ」


「あ、お姉ちゃん、お帰りなさい」
「ただいま〜、蛍。元気にしてた?」
「うん、ガレスさんが面倒みてくれたから…」
部屋の奥から、初老の男が出てくる。がっしりとした体格で、今だ現役の軍人であろう事が窺える。
「やっほ〜。ガレス♪ 元気にしてた?」
「お前はなあ…その放浪癖は何とかなんねぇのか?」
「何とかなんねぇですなあ♪」
「やれやれ…ん? そいつは誰だ?」
ガレスが、後ろの男を指差す。
「ああ、拾った」
「アビス・K・ラビリンスという。宜しくな」
ガレスはアビスを値定めするように見ると、少女に言った。
「渚…お前の趣味に関しては今更何も言わねぇけどな…俺は認めんぞ。こいつは外でガキ作るタイプだ」
「ガレス…それ誤解」
「そうか…ならいいんだがな…襲われそうになったら大声上げろよ。すぐに叩き殺してやるから」
「ガレス…アタシ疲れてるんだけど」
「そうか、分かった。俺がこいつを見張ってるから安心して寝て来い」
「蛍…ガレスがアビスを殺さないように見張っててね」
「そうか…蛍に手を出すかもしれん! 蛍、この黒尽くめと2人きりになるんじゃないぞ!」
「…酷い言われようだな」

何気ない日常…一人の魔術師が紛れ込んだ瞬間だった。

(2002.09.03)


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