クレア開業医 風間修介の一日

白峰 渚

朝5時―起床―
風間修介・・通称『風間先生』の一日は早くから始まる。
足りなくなるであろう薬の手配、病院の掃除…そして朝食。
「ん〜・・・今日もいい天気だ。今日こそはいい日だといいな・・・」
微妙に気になる台詞である。
しかし、彼の一日を知る人には、その真意が簡単に読み取れるであろう。
そう…彼の一日は、とかく忙しい。

朝8時―トム・ジェイファンー
「先生! ちょっとかくまってくれ!」
「ん?」
「渚に追われてるんだ!」
「なんで?」
「説明してる暇は…来たぁ!」
トムの襟首を現れた女性、渚がむんずと掴む。
「と〜む〜く〜ん♪ 訓練サボっちゃ駄目じゃない♪」 「は・・・離せぇ! あんなの訓練じゃない! 拷問だぁ!」
暴れるトムを渚がずるずると引きずっていく。
「栄えある神剣抜刀隊と一緒の訓練受けさせてあげてるんだよ? 感謝してくれてもいいくらいなのに…」
「ふざけんなぁぁ! 俺は文系なんだぁぁ! 離せぇぇ!」
「でもトム君、アッタマ悪いし〜」
「とにかく離せぇぇ!」
「…ほどほどにね、渚」
引きずられていくトムを視線で見送る。すでにいつもの事である。

朝10時―白峰蛍―
「…じゃ、薬出しておくから」
「はい、ありがとうございます、風間先生」
渚の妹…蛍の定期検診である。
…とはいえ、もはや薬など気休めにもならない状態である蛍が毎日検診に来る理由は分からないが…
しかし、それを修介から言い出す事は出来ない。出来るならば蛍を死の運命から救ってやりたいのが正直な気持ちである。
ひょっとしたら蛍は、そんな修介の心のうちを読み取っているのかもしれない。
渚と修介は小さい頃から遊んだ仲である。当然、蛍とは彼女が生まれた時からの知り合いであるが…
その時、すでに蛍は死の病に冒されていた。子供心に、蛍を救いたいと思い…医者になった。
しかし…医者になって待っていたのは、さらなる絶望だった。
蛍の体には薬が効かないばかりか、手術に耐えられる体ですらない。
仮に手術を行えたとしても、それでもなお死の運命からは救えない…
自分の無力さが…果てしなく苦しかった。
「…」
気がつくと、蛍が修介の顔を覗き込んでいた。
慌てて笑顔を作るが、ごまかせなかったようだ。
「…私のことなら気にする事はないんです。先生のせいじゃありません」
にっこりと、蛍が笑う。しかし修介には…その顔が悲しい笑顔に見えてならない。
昔の蛍は…違った。絶望の運命を知らない頃の蛍は…もっと、幸せな笑顔をしていた。
いつからだろう…蛍の笑顔が、他人を安心させるためのものになったのは…
そんな思考を遮るかのように、蛍が言った。
「私は…悲劇の主人公で終わるつもりはないよ、修介お兄ちゃん」
「…!」
驚いた。昔の呼び名で呼ばれたからだ。
「私ね…『聖軍師』の称号を貰ったの。…私は、悲劇のままで終わりたくない。自分の生きた証を残したいの…」
若干15歳で『聖軍師』の称号…間違いなく歴史に残るであろう記録だ。しかし…
「私…輝いてみせる。残された命で、精一杯…蛍が短い命を輝かせるように、私も…」
しかし…それは、違う。戦争で名を残すなど…蛍らしくない。
誰かが…入れ知恵をした?しかし、誰が…渚はありえない。ガレスもトムも…
最近現れた黒衣の男…アビス・K・ラビリンスが頭に浮かぶ。
あの男に間違いない。しかし、何故蛍を…何故、この儚き命の運命を狂わせる…?
「だから…ね、心配しないで、修介お兄ちゃん…」
「…ああ、心配してないよ。蛍は強いからな…」
突然、扉が開く。
「やっほ〜、トム君が死にかけてるんだけど〜」
血まみれのトムを背負って渚がやってくる。
「…何をどうしたらこうなるんだ?」
「トム君が軟弱なんだよ〜、あれ、蛍も居たんだ。逢い引き〜?」
「違うよ、お姉ちゃん…」
「はぁ……これから大仕事だな……じゃ、お大事にね、蛍」
「うん……またね、修介お兄ちゃ……風間先生」
蛍が慌てて言いなおすのを見て、渚がにやりとする。 「な〜るほど、昔の話してたわけだ。確かに、アタシも「風間センセ」じゃ他人行儀だしね〜」
「おい……何を……」
「じゃ、これからは昔みたいに『修介君』って呼んであげるよ♪ 蛍も昔みたいに呼ぶように」
「え? ちょ、お姉ちゃん…」
「おい、渚…お前の思考回路はいったいどうなって…」
「しゃらーーーーっぷ! もう決まり! 異存は受けつけません!」
「…やれやれ…」


夜10時― エアード・ブルーマスター ―
「風間先生……すまん、手当てしてくれ……」
若い男が、よろよろしながら入ってくる。
「そうか、もうそんな時間なんだな」
エアードの頭に刺さった壷の破片を抜きながら修介が言う。
「あ? 何が?」
「もうそろそろ寝る時間だな…って」
「……」
「街じゃあ、すでに名物だからな〜、君の悲鳴が聞こえると就寝準備を始めるらしいぞ」
「……どうにかならんか? 渚は…」
ここクレアで渚がエアードに壷をぶつけるのは、もはや日常である。
何が楽しいのかは分からないが、飽きずに毎日続くところは感心する。
ただの暴力屋に渚が見られないのは、その妙なカリスマで微笑ましい光景に見えるからであろう。
エアード本人には悪いと思うが、是非見てみたいとも思う修介であった。


夜12時―就寝ー
「ふう、カルテ整理完了、と。風呂でも浴びて寝ようかな…」
ふと、診療室の隅に目をやると、何かが転がっていた。
「…先生…俺の治療…いつ…」
トム・ジェイファン…渚の騒動ですっかり忘れていた。
「…………ゴメン」

      ―終―

(2002.09.05)


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