前夜
白峰 渚
鬼哭の里…2000騎に渡る神剣抜刀隊は、そこで休息を取っていた。
兵士達が一時の休息を取る中…渚の姿は、そこにはなかった。
喧騒から離れ、夜本来の姿を取り戻した静かな丘の上に、渚はいた。
そして、何をするでもなく、ただ静かに星を眺めていた。
「…何を考えているんだい?」
何時の間に現れたのか、黒衣の男が渚の後ろに立っていた。
全身黒尽くめのその中で、背負った銀色の十字架が異彩を放つ男…アビス・K・ラビリンスである。
「…アンタ、クレアに居たんじゃなかったっけ」
「俺は軍属でもクレア国民でもない。どこに居ようと俺の勝手さ」
「…質問に答えてないよ」
「君も質問に答えてないな」
渚は溜息をつくと、ぽつりと言った。
「…昔を思い出してただけだよ」
「帝国にいた頃のかい?」
「そういうこと」
渚は、夜空を仰ぐと…独りごちるように呟いた。
「…ルーデル君、どうしてるのかなぁ…」
ふと思いついたように渚は言った。
「そうだ、アビス、アンタやけに事情通だし…ルーデル君が今何してるか、知らない?」
振り返ったその先には、すでに黒衣の男の姿はなく、ただ…深い闇だけがあった。
−リュッカ前・第3騎士団キャンプ地−
ルーデルは、いつもの通り酒を飲んでいた。
しかし、突如背後に現れた気配に向けて剣を振るうと、そこには銀色の十字架で剣を受けとめる黒衣の男がいた。
地面に落ちたグラスが、音を立てて砕ける。
「…誰だ?」
「ただの吟遊詩人ですよ。貴殿の武勇伝を歌にしたいと思いまして…」
元はグラスだった物の残骸をを見て、ルーデルは思わず舌打ちをした。
「…帰れ。ここは戦場になる」
「ならば、一曲如何でしょう? そうですね、帝国将軍をたらし込んだというクレアムーンの女将軍の歌など…」
その瞬間、ルーデルの剣が黒衣の男の首筋につきつけた。
「その歌…帝国将軍とクレアムーン将軍のどちらをコケにした歌かは知らんが…不愉快なものを聞かせるな」
男はおどけたような様子を見せると、立ち去っていった。
「…ふん、酒が不味くなる」
「…クレアムーンの情報操作に忙しかったいたせいで、ルーデルの方まで手が回らなかったが…あの様子だと知ってるな、渚の事は…」
黒衣の男…アビスは、クレアムーンから「ルーデル将軍」の情報を消し去っていた。
それが何のためかは分からないが…
「まぁ、いいか…これだけ場をお膳立てしてやったんだ。せいぜい運命的な再会をしてくれよ…そこから始まるんだからな…」
風と共に、黒衣の男も掻き消える。リュッカでの決戦が、もうまもなく始まろうとしていた…
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