気ままな協奏曲

白峰 渚/料理長

その日、蛍は珍しく難しい顔をしていた。
「どうした?」
何時の間にか蛍の後ろに男が立っていたが、蛍は特に驚かずに続けた。 「あのですね…お姉ちゃんは『帝国が好きだから戦う』って言ってたんです」
「ふんふん」
「でも…良く分からないんです。なんで、好きなのに戦うんでしょう? アビスさんはどう思います?」
そう言って振り返ると、蛍はその場で固まった。
そこに居たのは、あの黒衣の男とは似ても似つかぬ大男だったからだ。
「ん? どうした? 俺の顔に何かついてるか」
「いや…そ…そうじゃなくて…貴方、誰ですか」
「ああ、俺は戒。よろしくな」
「あう…その…そうじゃなくて…」
「それよりさ…帝国の事が知りたいんなら、帝国に行くのが一番なんじゃねえか?」
話が勝手に進んでいく…危機を悟った蛍は慌てて何か言おうとするが…
「じゃ…行くか!」
戒はいきなり蛍を担ぐと、思いきり走り出す。
「え? ちょ…ど…どうやって…ってキャー! 空! 空飛んでる! え…ちょ…キャー!」


−帝国−
アームズは空を見上げていた。
とても綺麗な空だ。青く澄み渡り、人が気持ち良さそうに走っている。
「…………おろっ?」
突然、空から人が落ちてきた。
思わず、受け止める。思っていたより強い衝撃だ。腰がちょっとおかしくなった気がする。
「女の子…だよな」
ちょっと古いデザインの洋服を着ている。年は15…くらいだろうか。
どうやら気絶しているらしい事に気がつくと、アームズは少女を城まで運ぶ事にした。


「…ん…」
目覚めた蛍は、目の前にアームズがいるのに気がつき、「わひゃあ!」と声を上げた。
「…だ…誰ですか!? いきなり人の…」
そこまで言って、自分の部屋でない事に気がつく。
この装飾からすると帝国だろうか。どうやって来たのか覚えていない。
この洋服は渚の昔の物に違いないが、何時の間に…
何より、この人は誰だろう。
自分の正体がバレてないだろうか。
「……いや、空から降ってきたから」
「空から…?」
「覚えてない?」
「えっと…全然…」
『どうやら、バレてはいないらしいが…慎重に行動しなくては…』蛍がそう考えた時、蛍のお腹が可愛らしい音を立てる。
アームズが思いきり吹き出す。
「な…なんで笑うんですか!?」
耳まで真っ赤になって蛍が反論する。アームズは暫く笑うと息を切らせながら、こう言った。
「お嬢ちゃん、何か食べたいものはあるかい?」
「…お嬢ちゃんじゃないです。私はもう15です」
蛍が頬を膨らませて反論する。
「お〜そうか、もうお姉ちゃんかぁ。じゃ、お兄さんがオムライスってものつくってあげようかな」
あくまで子供扱いである。
それを悟った蛍はますますむくれてしまい、アームズはあくまで子供扱い。微笑ましい攻防が20分程続いた。
「どうだい? 美味しいかい?」
「はい、美味しいです…お料理、上手なんですね〜」
どうやら攻防は蛍の負けに終わったようだが、オムライスですっかり機嫌を直しているようだ。
食事が終わると、アームズが突然話題を切り出してきた。
「そういえばお嬢ちゃん、名前は?」
「え? 私ですか? 『ホタル・ブルーフォース』と言います」
嘘ではない。実際3年前まで蛍は『ホタル・ブルーフォース』という名前だったのだ。
「そうか。いい名前だな」
アームズは特に疑ってる様子もない。
その後、アームズも名乗り…しばらく他愛のない雑談をしていた。

「それじゃ…失礼します」
「大丈夫かい? 帰り道、分かるか?」
「…最後まで子供扱いなんですね」
「ごめんごめん、そうそう、気をつけるだぞ。知らない人についてっちゃいけないぞ」
「…もういいです」
「ん、またな」
蛍は軽く会釈して歩き出すが…ふと、振り返ると、アームズに恥ずかしそうに言った。
「あの…またいつか、オムライス食べに来てもいいですか?」
「ああ、いつでも来なよ」
それを聞くと、蛍は満面の笑顔で「ありがとうございます。それでは、また次の機会に…」と言って去っていった。
そんな蛍の背中を見送っていると、先程から近くに待機していたのだろうバンダムが来た。
「ブルーフォース…確か3年前に帝国から居なくなった将軍がいたと記憶しております…その男には2人程娘がいたはず…確か、名前は…」
「まぁ、いいさ。それでも、彼女みたいな娘は、こんな戦争から解放してあげたいとな」
「全くですね」
蛍の小さな背中はだんだんと遠ざかっていく。

(なんだ…ルフィア様に会った時と……同じ……儚くて……脆い……………まさかな……)

「またいつか……か」



「よっ、大丈夫だったか?悪い悪い、今度は気をつけるからさ」
「え?」
蛍は目の前に現れた大男に驚いた。体中から危険信号が出ている。この人誰だっけ?
「で…お姉さんの戦う理由は分かったか?」
「え…? あ…はい。たぶん…」
アームズの顔を蛍は思い浮かべる。
「多分…善と悪に考えて『倒す』為に戦うんじゃなくて、善と善で考えて、『守る』為に戦ってるんだと思います」
「?」
「つまり…帝国もクレアも皆好きだから…だからお姉ちゃんは戦うんだと思います。こんな戦争を終わらせて仲良くしたいから…って」
「良くわかんねえなぁ…お前もそうなのか?」
「はい、アームズさんみたいな人を、早く戦争から解放してあげたいです」
一呼吸置くと、蛍は言った。
「今まで自分の存在意義を作る為に戦おうとしてた私は、馬鹿でした。私は…私の大好きな人達の為に戦います。きっと…それが私の…」
「んじゃ、クレアムーンに帰るか」
「え? 帰るって…キャー! 空…空飛んで…何で…!? キャー、キャーァァァ…(遠くなっていく)」

…ちなみにこの後、蛍は「戒」なる男の事を綺麗さっぱり忘れ去っていたと言う…

(2002.09.16)


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